【タイムスタンプ】
00:00 態勢完了スタート
01:08 前半1000m
02:11 最終コーナー
02:22 最終直線
【優勝:テイエムオペラオー】
大仰なほどナルシストで、どこかコミカルな歌劇王。 その挙動はいつも演技過剰で、時に高らかに、時に切々と自己愛を語る。 自分の美しさと強さを知らない者は不幸と本気で考えており、日々、啓蒙活動にいそしむ。 メイショウドトウから憧れの目で見られている。
https://umamusume.jp/character/tmoperao
1999年 毎日杯 (G3), 1999年 皐月賞 (G1)
2000年 京都記念 (G2), 2000年 阪神大賞典 (GII)
2000年 天皇賞(春) (G1), 2000年 宝塚記念 (G1)
2000年 京都大賞典 (G2), 2000年 天皇賞(秋) (G1)
2000年 ジャパンC (G1), 2000年 有馬記念 (G1)
2001年 天皇賞(春) (G1), 2001年 京都大賞典 (G2)
https://db.netkeiba.com/horse/1985102167/
ウマ娘プリティーダービー(公式)ゲーム
https://umamusume.jp/contents/game/
ウマ娘プリティーダービー(公式)アニメ
https://anime-umamusume.jp/
ウマ娘 プリティーダービー ROAD TO THE TOP
https://umamusume.jp/contents/anime/roadtothetop/
劇場版『ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉』
https://movie-umamusume.jp/
アニメ『ウマ娘 シンデレラグレイ』
https://anime-cinderellagray.com/
【レース】
2000年12月24日
中山 芝2500m
晴 良
9R 有馬記念 G1
【結果】
1着 テイエムオペラオー / 和田竜二
2着 メイショウドトウ / 安田康彦
3着 ダイワテキサス / 蛯名正義
【実況】
フジテレビ系列版
テイエムオペラオー【有馬記念2000】
ラジオたんぱ版 (JRA)
2000年 有馬記念(GⅠ) | テイエムオペラオー | JRA公式
【再現度】
星1:★☆☆☆☆
1996年生まれの栗毛の牡馬(99世代)。北海道浦河町の杵臼牧場産。奇しくも七冠馬シンボリルドルフと同じ3月13日に誕生した。
1998年、竹園オーナーの幼馴染である岩元市三調教師(栗東トレセン所属、騎手時代は1982年日本ダービーでバンブーアトラスに騎乗して優勝)の元でデビュー。
デビュー戦で2着となった直後に骨折が発覚し、長期休養を余儀なくされる。そのためクラシック競走の一冠目・皐月賞への登録は途中でキャンセルされた。
復帰は翌年となり、脚への負担を考慮してダートの未勝利戦が選ばれた。初戦の1400mでは4着となったものの、次走の1800mで初勝利を挙げる。
その後はゆきやなぎ賞を勝利し、初重賞の毎日杯(GⅢ)で4馬身差の圧勝を見せる。この勝利に手応えを感じた陣営は、獲得賞金も確保したことからいよいよクラシック戦線に乗り込もうとした。しかし先述のように皐月賞への登録は途中でキャンセルしていたため、追加登録料の200万円を払って出走することとなる。
この「クラシック追加登録」とは、「クラシック未登録の競走馬でも追加登録料を払えばレースに出走可能とする」という制度である。かつて実力・人気共に絶大なオグリキャップがクラシック未登録だったために日本ダービーへ出走できなかったことで世間から大きな批判がJRAになされ、この影響を反映して1992年にスタートした。
当初、竹園オーナーは「青葉賞から日本ダービーを狙えばいい」と考えており、追加登録はしない方針だった。だが、オグリキャップの管理を務めた瀬戸口調教師が「毎日杯であんなに強い勝ち方をした馬はいないよ。あれは強い。クラシック、おもしろいよ」とオペラオーの生産者に電話で伝え、岩元調教師も「追加登録料は自分が支払ってもいいから」とまで言ってオーナーを説得したことで制度を利用する方針となった。参考記事
こうして出走にこぎつけた皐月賞はアドマイヤベガとナリタトップロードが人気を分け合う二強状態であり、オペラオーは5番人気と伏兵扱いだった。
しかし最終直線で驚異的な末脚を見せて勝利。追加登録制度を初めて勝利に結びつけた馬となった。
これ以降、オペラオーは99世代の三強の一角として扱われるようになる。
その後、日本ダービーではナリタトップロードと競り合うも外からアドマイヤベガに追い込まれ3着。
古馬との初対決となった京都大賞典ではマークしていたスペシャルウィークが調整不足だったこともあり3着。
菊花賞では仕掛けが遅れ、直線でナリタトップロードを交わしきれず2着。
ステイヤーズステークスは「勝ち癖をつけさせたい」という岩元調教師の意向で出走したが2着。
第44回有馬記念ではゴール前で抜け出すもグラスワンダー、スペシャルウィークに交わされクビ差の3着と、勝ちきれないレースが続いた。
明けて2000年が本番だった。京都記念、阪神大賞典、天皇賞(春)、宝塚記念、京都大賞典、天皇賞(秋)、ジャパンカップ、有馬記念と8戦8勝。中央競馬発足後の連勝記録としてはシンボリルドルフやタマモクロスなどと同じ数だが、重賞だけを8連勝というのはテイエムオペラオーのみ。
特に、上記の2013年のJRAのCMにも起用された「第45回有馬記念」が有名であろう。
自らの勝ちを捨ててでもオペラオーの勝利を阻もうとする他馬に前と左右を塞がれ、文字通り完全に『包囲』された。
「残り310mしかありません!」実況がそう叫んだときにもまだ後方にいた。
「もうダメだ」「オペラオーは負けた」誰もがそう思っただろう。
しかし、残り200m。わずかに開いた『包囲』の隙間をこじ開け加速。
馬群を抜け出し、迫るメイショウドトウを振り切って勝利を手にした。
その差わずか20cm。絶望的な状況からのハナ差圧勝であった。
更にこの年から創設された「秋古馬三冠」も達成ということで、特別褒賞金2億円も獲得。シンボリルドルフ以来となる満票でのJRA賞年度代表馬選出となった。この年の無敗の戦績を讃え、人々からこう呼ばれることとなる。
“世紀末覇王”と。
2001年、天皇賞(春)を制しGⅠ7勝、シンボリルドルフに並ぶ。
しかし、海外進出も見据えていた宝塚記念はメイショウドトウの執念に敗れ2着、京都大賞典は2着入線から繰り上がり1着(1着入線のステイゴールドがナリタトップロードの進路を妨害し失格)。天皇賞(秋)はアグネスデジタルの2着、ジャパンカップはジャングルポケットの2着と、能力に陰りが出てきた。
有馬記念はマンハッタンカフェの5着。このレースをもって引退することとなる。
翌2002年にメイショウドトウと合同の引退式が行われ、種牡馬となった。
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本当は有馬記念の日に投稿したかったのですが、再現が難しすぎて間に合わず今日になりました。
・全然、馬群を縫ってない
・ドトウが上がるのが早すぎる
・トプロが早く垂れすぎ
・キングが差してこない
等々、全然再現できてませんがもう限界です…。
중간까진 미묘했지만 마지막 부분의
박진감과 아슬아슬함의 재현은 너무 좋았음