栄光の名馬たち「トーセンラー」ノーカット版【高画質、高音質】

栄光の名馬たち「トーセンラー」ノーカット版【高画質、高音質】



#jra #競馬 #日本中央競馬会 #トーセンラー

2010年11月7日、京都競馬場での2歳新馬戦でデビューし、1着[9]。続くエリカ賞と年明け初戦の福寿草特別を連続3着ののち、重賞初出走のきさらぎ賞では最後の直線で逃げるリキサンマックスを捕らえて重賞初制覇[10]。その後皐月賞に直行するローテーションを組んで宮城県山元町の山元トレーニングセンターで放牧していた3月11日に東日本大震災に遭遇し、幸い津波の難からは逃れたものの道路が寸断され、救援物資を載せて山元トレセンに到着して荷下ろし後空きが出来た馬運車に便乗し2日がかりで栗東に帰厩した[6][11]。本番の皐月賞は7着、 日本ダービーは11着に終わり、秋を迎えてもセントライト記念2着、菊花賞でも3着に終わって3歳時を終える。4歳となった2012年は初戦の京都記念4着を皮切りに6走したが、七夕賞と新潟記念での2着が最高の成績で勝ち星はあがらなかった。

5歳初戦、京都記念は直線でショウナンマイティを差しきって、2年ぶりの勝利を飾った[12]。直行した[13]天皇賞(春)はフェノーメノの2着、宝塚記念でも5着に入った。秋は京都大賞典3着から登録していた天皇賞(秋)を回避してマイルチャンピオンシップに向かい[14]、レースでは初のマイル戦ながら[15]も後方から差し切って勝利[16]。前年のサダムパテックに続く制覇となった鞍上の武豊は、この勝利でJRA史上初のGI競走100勝を達成した[16]。6歳となった2014年は5走したが、京都記念2着、京都大賞典3着、マイルチャンピオンシップ4着と京都でのレースは掲示板に入ったものの安田記念は14着、引退レースの有馬記念は8着に終わり、有馬記念のレース終了後まもなく競走馬登録を抹消した[2][3]。

全4勝を京都競馬場の外回りコースでのみあげているほか[17]、京都では出走全レースで5着以内に入っており[6]、「京都巧者」とも形容されていた[18]。外回りコースの3コーナーの下り坂で勢いをつけて脚を伸ばすと瞬発力が出たとのこと[17][19]。また武豊からは「ディープインパクトに最も近いフットワークをしている」[20]と称された一方、渋った馬場が不得手だった[21]。

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  1. キズナが回ってくる前で、下火になってた武豊を大きく支えた馬でしたね。

    この頃浜中が全盛期で、福永や川田が徐々に乗り方が安定した時期でトーセンラーの3歳の時期と終盤の時期でこの2人の乗り方の違いがとても分かりやすい映像集でした。

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