1991年10月27日、東京競馬場・天皇賞・秋。
1番人気のメジロマックイーンが1位で入線するも、スタート直後の斜行が問題となり、18着に降着。
「1位入線から最下位」という前代未聞の裁定に、若き天才・武豊は絶句した。
のちに武豊騎手自身が「一番悔しかったレース」と語る、幻の栄光の一日を切り抜きでお届けします。
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武豊ドキュメンタリー本編で、1991年 天皇賞・秋の全容と、その後の武豊騎手・メジロマックイーンの物語を詳しく描いています。ぜひフルバージョンでご覧ください。
▼武豊ドキュメンタリーシリーズ
武豊騎手のデビューから通算5000勝へと続く歩みを、名馬たちとの物語とともに年代順に振り返るドキュメンタリーシリーズ。
オグリキャップ、スーパークリーク、メジロマックイーン、そして数々の名馬との栄光と別れを、当時のレースとともにたどっていきます。
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※本動画は本編ドキュメンタリーの切り抜きショート動画です。
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#天皇賞秋
親の七光りで裸の王様のまま増長し、関西の競馬関係者も誰も咎めるものが居なかった。このレースしかり昭和63年の皐月賞、有馬記念でも失格を喰らう他馬に多大な迷惑を掛けておきながら他馬の関係者に詫びの一言もなかった。またこの降着については◯◯川市の市議が憤慨してた。