ダービーと言えば、やはり93年ですね名手柴田政人ジョッキーの最初で最後のダービー制覇その後、ウイニングチケットがG1取れない事が更に神話になり、柴田政人にダービーを取らせる為に産まれて来た競走馬とも言われてましたね自分はビワハヤヒデ応援してましたが(笑)ウオッカのダービーは面子的に勝てると思ってました3歳牝馬らしからぬ馬体、負けた相手も同様に大柄なダイワスカーレットでしたし後に、ヴィクトリアマイルの出走時に、牡馬が牝馬限定戦出るなとも言われてましたしね(笑)
お疲れ様です。馬かと思ったら1位は武騎手だったw競馬(ウマ娘)関係の動画を上げている方が語っていましたが、当時アイネスフウジンのダービーを現場で見ていたそうですその際、客席の一部から冗談のようなノリでナカノコールが起きたのですが、それが一気に場内にひろがりあの伝説のコールになったとのこと。これが後のコールにつながるのだから、歴史は面白いですね
いつもながら、昭和の競馬まで含めて総括してくれる馬場良チャンネルの魅力全開ですね。特にこのダービーは昭和の競馬まで対象とする事に、たいへん意義があります。当時は28頭立てが当たり前だったからです。そこに、競馬関係者の強い執着も加わる。昔からダービーだけは、レースじゃない別物だ、という騎手の発言がある位の祭典であり死闘であった訳で。ダービーで燃え尽きる馬、とダービーを含めて大活躍する名馬、にはっきり二極化するのももっともな話しだと思います。真の大物か一発屋に強引に仕分けされてしまう鬼レース、それがダービーという感じですね。でもって、若い頃は当然英雄主義で強い名馬が好きでしたが。50歳もとうに過ぎると、一発屋で消えて行ったはかないダービー馬の方に共感が湧く今日この頃です(笑)最新の個人的感情ですと、強く印象に残る好きなダービー馬は、カブラヤオー、ラッキールーラ、タニノギムレット、といった所ですね。昭和52世代は、名言の主マルゼンとの対比で、ダメ世代呼ばわりされがちですが。私も当時はまあ、最弱世代候補と見ていたけど。今思うとなかなか個性的な役者がそろっていて懐かしいです。
勝てないダービー馬にまとめてあるのかもしれませんが、フサイチコンコルドは個別に入っているかと思ってました。後は映像が無さそうなクリフジのオークス、ダービー制覇は今後二度と無いかなぁと。それでも、いろいろなダービー馬の取りまとめお疲れ様です。
事件というほどではありませんが04年の表彰式プレゼンターは明石家さんまさんで勝利騎手のアンカツさんにソッポをむいてトロフィーを渡してましたね。あれはテレビのダービー予想で、さんまさんが熱烈に応援していたコスモバルクが5枠に入り五十嵐騎手で5枠にバルク、これは絶対に来る!と予想し当日は上下黄色のスーツで府中に行くと宣言していました。結果コスモバルクは馬群に沈みキンカメが勝利、そして表彰式での出来事になります。ちなみにコスモバルクが負けたら土下座するとも言い、トロフィーを渡す前に土下座していた記憶もあります。
タチカゼ「19番人気の550倍のワイを忘れてまっせ!」←関西の馬で近走全くいいところなしで調教師が前日に関西へ帰ってしまうほど期待されてなかった 他だと、33頭立て(本当は35頭立てで2頭が取り消しに)の1953や初めて障害コースを観客に解放した1951(あの幻の馬の年)、7月にダービーをやった1968や1972(前者は改修工事、後者は馬インフルとストが原因)も事件簿に挙がりそうです。
ロジャーバローズのダービーは無敗の皐月賞馬(サートゥル)が史上初めて馬券外に飛んだという意味でも「事件」だったかもしれませんね。この2頭が同厩だったことで角居師が複雑な心境のコメントだった一方スタジオの坂口先生が愛弟子の勝利に感極まっていたのが印象的。衝撃という意味だとメリーナイスも入るかなと思いましたね。あんなに千切って勝つと予想できた人はいなかったでしょうし、メリーナイスより強い馬は沢山いてもこれより大きな着差でダービーを勝った馬はグレード制ではいませんからね。惨敗と好走を交互に繰り返したり、ダービーに限れば三冠馬にも引けを取らない強さだったりで不思議な馬だったと思います。
独断と偏見、大いに結構。何しろダービーなのですから言いたいことは山ほどあるでしょう。ということでちょっとコメントを。10位・・・人気薄と言えばタチカゼでしょう。単勝500倍超。G1或はそれに相当するレースにおいて最高配当になります。7位・・・ダービーは運のいい馬が勝つと言われていますが、ここで一生分の運を使い果たした、などという与太話がありますね。乗り替わり・・・と言ったらアローエクスプレスでしょう。ちょっと古くて「何それ」かもしれませんが。柴田政人騎手がダービー勝つまでさんざん言われてましたね。3位・・・ダービー勝って世代の頂点に立った牝馬が最優秀3歳牝馬になれない。これってアサクサキングスを筆頭とする牡馬陣にたいして「お前らは世代で3番手以下だ」と言っているようなものでしょう。これが目に見える形で示されたのが2008年天皇賞秋。事件と言えば、レース終了後騎手全員が裁決室に呼ばれ厳重注意された年があったようですね。かなり激しいレースで、行き場を無くした馬が内ラチを飛び越えて競走中止したとかいろいろあったようで。あれ?これってタチカゼのダービーだっけ?資料が手元にないのでよくわからん。
2位がナカノコールだと1位は?と思いましたが、ユタカさんなら納得です。大尾形のダービー8勝もとてつもないですが、ジョッキーは当然1頭にしか乗れないわけで…、依頼をもらうことすらなくターフを去るジョッキーもいる中でダービー6勝は大事件ですよね。
武豊のダービーでの複勝率3番人気以内の時14回中9回64%って凄いな今年はファントムシーフに騎乗予定枠も出てないなかでの想定オッズではあるけど、現時点での3番人気64%をどう捉えるかやけど複系の軸にはいい感じやなぁ
自分は3位のウォッカのダービーが今でも忘れられません。ウォッカ、アサクサキングス、サンツェッペリンの3連単を1000円持ってました残り20メートルまで夢をみました。武豊降板劇で最後にアドマイヤオーラを切ってしまった今でも忘れられません
ロジャーバローズは過去のレースでも逃げたり先行していて上がり最速を記録していたので、本命にしていました。本当に1着でゴールした時は震えましたが、サートゥルナーリアが3着だと思ったらいつの間にか差されてて、3連単を外したのがショックで喜びが半減でしたね。
事件といえば、父から、聞いたことがあります。昔、ダイシンボルガードが泥田のダービーを勝った時、感きわまって、厩務員の方が「おれの馬だ!」と声をあげ馬場にでてしまったことですね。良馬場だったら良かったでしょう。
ダービーと言えば、やはり93年ですね
名手柴田政人ジョッキーの最初で最後のダービー制覇
その後、ウイニングチケットがG1取れない事が更に神話になり、柴田政人にダービーを取らせる為に産まれて来た競走馬とも言われてましたね
自分はビワハヤヒデ応援してましたが(笑)
ウオッカのダービーは面子的に勝てると思ってました
3歳牝馬らしからぬ馬体、負けた相手も同様に大柄なダイワスカーレットでしたし
後に、ヴィクトリアマイルの出走時に、牡馬が牝馬限定戦出るなとも言われてましたしね(笑)
お疲れ様です。馬かと思ったら1位は武騎手だったw
競馬(ウマ娘)関係の動画を上げている方が語っていましたが、当時アイネスフウジンのダービーを現場で見ていたそうです
その際、客席の一部から冗談のようなノリでナカノコールが起きたのですが、それが一気に場内にひろがり
あの伝説のコールになったとのこと。これが後のコールにつながるのだから、歴史は面白いですね
いつもながら、昭和の競馬まで含めて総括してくれる馬場良チャンネルの魅力全開ですね。
特にこのダービーは昭和の競馬まで対象とする事に、たいへん意義があります。当時は28頭立てが当たり前だったからです。そこに、競馬関係者の強い執着も加わる。
昔からダービーだけは、レースじゃない別物だ、という騎手の発言がある位の祭典であり死闘であった訳で。
ダービーで燃え尽きる馬、とダービーを含めて大活躍する名馬、にはっきり二極化するのももっともな話しだと思います。
真の大物か一発屋に強引に仕分けされてしまう鬼レース、それがダービーという感じですね。でもって、若い頃は当然英雄主義で強い名馬が好きでしたが。
50歳もとうに過ぎると、一発屋で消えて行ったはかないダービー馬の方に共感が湧く今日この頃です(笑)最新の個人的感情ですと、強く印象に残る好きなダービー馬は、
カブラヤオー、ラッキールーラ、タニノギムレット、といった所ですね。昭和52世代は、名言の主マルゼンとの対比で、ダメ世代呼ばわりされがちですが。
私も当時はまあ、最弱世代候補と見ていたけど。今思うとなかなか個性的な役者がそろっていて懐かしいです。
シリウスシンボリ騒動は入れて欲しかった。
勝てないダービー馬にまとめてあるのかもしれませんが、フサイチコンコルドは個別に入っているかと思ってました。
後は映像が無さそうなクリフジのオークス、ダービー制覇は今後二度と無いかなぁと。
それでも、いろいろなダービー馬の取りまとめお疲れ様です。
事件というほどではありませんが04年の表彰式プレゼンターは明石家さんまさんで
勝利騎手のアンカツさんにソッポをむいてトロフィーを渡してましたね。
あれはテレビのダービー予想で、さんまさんが熱烈に応援していたコスモバルクが5枠に入り
五十嵐騎手で5枠にバルク、これは絶対に来る!と予想し当日は上下黄色のスーツで府中に行くと宣言していました。
結果コスモバルクは馬群に沈みキンカメが勝利、そして表彰式での出来事になります。
ちなみにコスモバルクが負けたら土下座するとも言い、トロフィーを渡す前に土下座していた記憶もあります。
スーパー競馬のテーマは、本当に名曲やわ。😭
ロシアバローズどこ?😮
タチカゼ「19番人気の550倍のワイを忘れてまっせ!」←関西の馬で近走全くいいところなしで調教師が前日に関西へ帰ってしまうほど期待されてなかった
他だと、33頭立て(本当は35頭立てで2頭が取り消しに)の1953や初めて障害コースを観客に解放した1951(あの幻の馬の年)、7月にダービーをやった1968や1972(前者は改修工事、後者は馬インフルとストが原因)も事件簿に挙がりそうです。
一位はあと何回ダービー勝つんだろうと思わせるのが本当におかしいw
ロジャーバローズのダービーは無敗の皐月賞馬(サートゥル)が史上初めて馬券外に飛んだという意味でも「事件」だったかもしれませんね。この2頭が同厩だったことで角居師が複雑な心境のコメントだった一方スタジオの坂口先生が愛弟子の勝利に感極まっていたのが印象的。
衝撃という意味だとメリーナイスも入るかなと思いましたね。あんなに千切って勝つと予想できた人はいなかったでしょうし、メリーナイスより強い馬は沢山いてもこれより大きな着差でダービーを勝った馬はグレード制ではいませんからね。惨敗と好走を交互に繰り返したり、ダービーに限れば三冠馬にも引けを取らない強さだったりで不思議な馬だったと思います。
ダービーではあまり見ない向正面で早めに動いて勝ちきったレイデオロも事件っちゃ事件ですね😊😊
ダービーを制する者は1国の宰相になるよりも難しい.
競馬はロマンがありますね.
独断と偏見、大いに結構。何しろダービーなのですから言いたいことは山ほどあるでしょう。ということでちょっとコメントを。
10位・・・人気薄と言えばタチカゼでしょう。単勝500倍超。G1或はそれに相当するレースにおいて最高配当になります。
7位・・・ダービーは運のいい馬が勝つと言われていますが、ここで一生分の運を使い果たした、などという与太話がありますね。
乗り替わり・・・と言ったらアローエクスプレスでしょう。ちょっと古くて「何それ」かもしれませんが。柴田政人騎手がダービー勝つまでさんざん言われてましたね。
3位・・・ダービー勝って世代の頂点に立った牝馬が最優秀3歳牝馬になれない。これってアサクサキングスを筆頭とする牡馬陣にたいして「お前らは世代で3番手以下だ」と言っているようなものでしょう。これが目に見える形で示されたのが2008年天皇賞秋。
事件と言えば、レース終了後騎手全員が裁決室に呼ばれ厳重注意された年があったようですね。かなり激しいレースで、行き場を無くした馬が内ラチを飛び越えて競走中止したとかいろいろあったようで。あれ?これってタチカゼのダービーだっけ?資料が手元にないのでよくわからん。
1位は断然フサイチコンコルドだと思ってた。わずか3戦目でダービーを制するなんてって実況も言ってたしインパクトが大きかった。
今年もリバティアイランドがダービー出てたらあるいは・・・
2位がナカノコールだと1位は?と思いましたが、ユタカさんなら納得です。
大尾形のダービー8勝もとてつもないですが、ジョッキーは当然1頭にしか乗れないわけで…、依頼をもらうことすらなくターフを去るジョッキーもいる中でダービー6勝は大事件ですよね。
武豊のダービーでの複勝率
3番人気以内の時
14回中9回
64%って凄いな
今年はファントムシーフに騎乗予定
枠も出てないなかでの想定オッズではあるけど、現時点での3番人気
64%をどう捉えるかやけど
複系の軸にはいい感じやなぁ
ダービーの衝撃的事件は高低差200mの坂だったり真ん中から犬じゃない?
関西の秘密兵器と言われたホリタエンジェルは印象深いですね!☺️
あると思ったダイシンボルガード
自分が生まれた年のダービーだったから親父から聞いて知ってた
1位覆されました(笑)
「近代競馬(のダービー)は武豊ぬきに語れない」
名言ですね~ほんと仰る通り。
武豊&オグリキャップのJRAデビューから
本格的に競馬を始めたバブリー世代の
私にとって武豊はそのまま時代の象徴です。
トウカイテイオーとミホノブルボンの連続無敗二冠は事件じゃないかなって
もし、一位になる出来事になるなら、ダービー1着同着
昔の騎手の追い方が凄い
自分は3位のウォッカのダービーが今でも忘れられません。
ウォッカ、アサクサキングス、サンツェッペリンの3連単を1000円持ってました
残り20メートルまで夢をみました。
武豊降板劇で最後にアドマイヤオーラを切ってしまった
今でも忘れられません
自分が知らない時代を知れて嬉しいです‼️
『事件』なのにタカツバキ事件が入ってない。
タヤスツヨシが優勝したダービーは未だに納得いかん。
今でこそ、武豊騎手と言えばダービージョッキーの代名詞ですが自分が競馬を始めて時からスペシャルウィークで勝つまではダービーだけは運が無い騎手と言うイメージでした。でも勝ってからはご覧の通り
ロジャーバローズは過去のレースでも逃げたり先行していて上がり最速を
記録していたので、本命にしていました。
本当に1着でゴールした時は震えましたが、サートゥルナーリアが3着だと思ったら
いつの間にか差されてて、3連単を外したのがショックで喜びが半減でしたね。
事件といえば、父から、聞いたことがあります。昔、ダイシンボルガードが泥田のダービーを勝った時、感きわまって、厩務員の方が「おれの馬だ!」と声をあげ馬場にでてしまったことですね。良
馬場だったら良かったでしょう。
えっ?馬多くね?ってのがこの動画での一番の衝撃事件でした
昔は20頭以上のレースとかあったんか…
レジェンド抜きに語れない🎉🐴
4:59 ツヨシしっかりしなさいも、空飛ぶ兄貴も、なんならフサイチコンコルドも…
9:43 ヒカルイマイ…歌舞伎で言うなら初代中村仲蔵的な存在だったんだよなぁ…惜しむらくは中村仲蔵は名跡を残せたのに対して、ヒカルイマイの血統は…