【奄美群島日本復帰70周年記念式典】
日時 / 2023年11月11日(土)開会 午後3時
会場 / 奄美川商ホール
主催 / 奄美群島日本復帰70周年記念事業実行委員会
【歓迎アトラクション】
02:48 奄美高校郷土芸能部
17:22 日本復帰の歌
21:21 県政ニュー
26:55 朝は明けた
30:44 カラー写真でみる米軍統治下
【記念式典】
37:17 開会のことば / 副実行委員長
38:02 国歌斉唱
39:22 式辞 / 実行委員長
47:50 祝辞 / 国土交通大臣
52:24 祝辞 / 環境大臣政務官
56:30 祝辞 / 衆議院議員
1:04:04 祝辞 / 鹿児島県知事
1:10:06 祝辞 / 鹿児島県議長
1:14:38 来賓紹介
1:16:20 祝電披露
1:22:51 閉会のことば / 副実行委員長
【アトラクション】
1:23:39 奄美群島語り部たちのメッセージ
1:36:34 未来へのメッセージ
1:46:18 語り継ぐこと
1:53:10 喜界島
2:02:24 徳之島
2:09:23 沖永良部島
2:18:07 与論島
2:28:38 懐かしい未来へ
2:38:35 六調
2:43:26 万歳三唱
し ます はい [音楽] た う し奄美群島日本復帰70周年記念式店開催 に先立ちまして本日の記念式店の流れに ついてお知らせいたしますまず最初に歓迎 アトラクションとしまして美高校芸能部 市民合唱団奄美市少年少女合唱団の皆さん にご出演いただきますその後式典の開会と なります休憩を挟みまして後半には アトラクションとしまして語り継ぐことを テーマに奄美群島の語り部子供たちからの メッセージをお届けいたしますまた奄美 群島の伝統文化などの歌者アーティストに よるステージの披露がござい ます ま本復70周年記念式典をごゆっくりお 過ごし ください司会進行を務めさせていただき ますのは大島高校2年 安奄美高校2年白ですどうかよろしくお 願いし ますそれではまず最初に歓迎 アトラクションとしまして共芸能部の皆 さんにステージをご披露いただきます よろしくお願いいたします [拍手] [音楽] よ [音楽] らし れい より [音楽] も まざり よ 晴れ いも クグやん それ あらし だれ よ [音楽] やど [拍手] [音楽] [拍手] 晴れか ない 朝はの
りしよ 1番村 1番 よ歌ぬ 始まり じゃ [音楽] ばり あれか ない あがり [音楽] しりがし がし長い [音楽] もが神 き は [拍手] せ うま中もうり [音楽] [拍手] [音楽] しり 腹へんやりこる よよ いやはらへん よ晴れが 好き ひやよ さり晴れ ゆり 坊よ [音楽] へん よ腹へんよりこる よよ いや たえん よあれいつ がゆ りよ さりれ は [音楽] やよいやさあどい えん [音楽] [拍手] よ 無の目が や り た
せよら の せ やり は [音楽] あま のま のせ よよや 川 の [音楽] をよ す を さを晴れよ さを晴れ よ [音楽] らよ晴 よ よ [音楽] 悲しをれ よ よれ よれ あた負け負けで これよい空をてそうだててれやって たくさくださあれ くださ [音楽] が うなれ [音楽] た [音楽] さ長い方 が [音楽] [音楽] が [音楽] やけ て [音楽] はや や な 生まれる [音楽] 花 にれ [音楽]
やし [音楽] 染めろあたもい から もりやよ たにり たら誰 がも 腹て腹とし て らしいのは ないつも ぐに らしいたれ せ [音楽] 腹持ってこい持ってこい持ってこい持って こい特長のバンジが持ってこい持ってこい それそれそれそれそれ それ えへごめんくだされ恋いの君は中が 祝いたしますよやれ うち やれれハも上手になり響くよやれ ぬ グ上手にる響きを やれのには れる私お前たの身に惚れるよいやれあなた やまでわく まで共にが入るまでおやる とし てえ踊る あた やれめでためでたの 若松 よも えげるよ やれ 様り [拍手] た奄美高校強度芸能部の皆さんあり がさり今一度盛大な拍手をお願いいたし ますさてここで会場の皆様に改めてお願い です本日録音録画撮影は禁止となっており ます携帯電話の電源はお切りいただきます ようお願いいたします何卒ご理解 くださいさて歓迎アトラクション続いて は新合団の皆様と奄美市少年少女合唱団の 皆様にご登場いただき ます名市民合唱団を紹介させていただき ますな市民合唱団は1975年に結成され 来年度は50周年になる歴史のある合唱団 です現在は中学生から85歳の幅広い年代 による36名の員で構成されています2年 に1度の定期演奏会や各イベントに出演し
地域にねざした合唱団をもっととして市民 と共に歌う夕べを開催し現在団員も募集中 です続きまして奄美市少年少女合唱団のご 紹介です奄美市少年少女合唱団は歌う楽し さや歌の響きを感じることによって心の 豊かさやを育むことを目的に奄美市内の小 中学生で結成されてい ます様々なイベントでの発表に向けて週に 1回のペースで練習に励んでいます学年も 学校も異なる生徒児童の交流があり合唱団 の活動は社会教育の役割も果たしています それではなぜ市民合唱団奄美市少年少女 合唱団の皆さんにご披露いただきます本日 は日本復帰の歌と牽制ニュース母国祖国へ の復帰に続きまして朝は開けたりをお届け いたしますよろしくお願いいたします [拍手] よ [音楽] し 我が のの地のさ に 平和 自由を [音楽] す る [音楽] 民族 る 大我らは 日本 民族 の 誇りの歴を [音楽] 不 心の 海 の 大とま の 本と 示す別の 意 す世界の [音楽] そう 民族 決 立 の我らが しめり つき
て みのさをけ を ぼ 守ら神の手 に 14万の 一年 は 小 なく えて [音楽] こて おしの ない [音楽] や きの び [音楽] [拍手] [音楽] の 日本の南の果て鹿児島を去る200回りの 洋上に浮かぶ奄美群島昭和21年2月2日 行政分離の処置が行われて以来これらの 島々は祖国なき8年の歳月を送らなければ なりませんでし た熱帯寺の緑恋い常夏の島南国豊かな風景 に恵まれてはいますがここには度からされ た20万の同が狭い土地と取り組んで8年 の間乏しい生活を続けてきたの [音楽] です里キビを絞る馬の歩みだけが祖国を もたぬ悲しみをおよそにのどかな田園風景 でし たまたなの学校で元気に勉強する子供たち も明るい未来を待ちながら毎日を過ごして いまし [音楽] た日本への復旧を強く願う島の人々は はるばる状況して熱心に復帰運動を続け 内外の世論に訴えまし た地元ではし知事が島を訪れてその球場を 殺またルーズベルト夫人に事情を述べ援助 を性しまし た県議会でも再3にわって復帰促進を決に 県民の強い希望を反映しまし [音楽] た8月8日来日したダレス国務長官は奄美 群島の変換を 約束 ここに復帰問題は明るい見通しを持つに 至りまし
[音楽] たこの知らせを受けた県では直に奄美不興 対策部を設けました長い間北のに残され ていの た団が遣されることになり熱心な議が重ね られまし た石井団以下の一行は会場保安準線室など に乗り込み盛見送りのうちに鹿児島校を 出発しまし [音楽] たつに現地をした会の査団は伴う多くの 問題をもたらしまし たさらに県では喜びの日に備えて各市町村 各学校へ日の丸を送る準備を進めまし [音楽] た昭和28年12月24日アリソン アメリカ大使と岡崎外商の間に待望の奄美 群島変換協定の歴史的な員が行われ25日 午前0時を期して軍は晴れて母国へ復帰し たのであり ますこの素晴らしいクリスマスプレゼント に返る12月25日の港にし知事の一行が 上陸迎える人々は晴れて握った日の丸を 打って感激に浸ってい [音楽] ます代の合のもに町に待った変換式が行わ れまし [音楽] た続いて大島市長では日本領土としての 業務を開始すべく会長式が挙げられまし [音楽] た名小学校皇帝には全市民が集まって祝賀 会が開かれ政府代表安藤国務大臣も祝事を 述べ人々は声を限りに万歳を叫びました 続いて日の丸をかした子供たちは 降りしきる雨も忘れて宿が更新を行いまし たがようやく祖国を得た喜びにぬかるみの 道を足取りも軽く歩くのでし [音楽] た知事の一行はさらに本島の南端小町をも 訪れ町の人々と喜びを分かち合いまし たにたの叶えられたこの 日美は祝賀行事に彩られましたかて8年 ぶりに懐かしい母国の懐に帰った島島は 希望と平和の朝を迎えることができたので あり [音楽] ます れ ないの心にとりがり こし昨の元の方ひに ま 今の はに 島山の朝は明け
たり 帰るもの なく朝はけたに さえぎるもの なく すせを心にといてよ 原の [音楽] に君と はに 国神 の道はこにりのし にちは りみのしめ に せの 心 越し あがる日の この 今 のとに う時は れ るさやか に時 はかれ になるさや に の原 に れる 原のしは さ は今と あげ 立てろ朝はけ たりりて か朝 はに [音楽] [拍手] 踊り市民合団の皆さん奄美市少年少女合団 の皆さん 次は米軍地下の貴重な甘みの様子をご覧 いただき ます今から70年前1951年から 1952 年奄美群島などを対象に術調査が行われ まし た当時調査を担当したニューヨーク州白 キス大学の文化人類学 者ダグラスGハーリング博士は奄美大島の お祭りや 風習生活文化などを撮影録音するとともに
観察調査を行いまし たその報告書はシラキュース大学から GHQを始め国連などへ提出されこの奄美 を日本に速やかに変換すべきだと提言され まし た今回奄美出身の鹿児島大学桑原末尾名誉 教授の協力のもオックスフォード大学の シャーロットリントン講師により シラキュース学に保管されていたカラー 写真の存在が確認されまし た今月から来月にかけて鹿児島大学と奄美 群島広域事務組合との連携のもリントン 博士はハーリングの写真を元にした70年 前の奄美に関する調査を奄美大島で 行い来月12月にはその調査の報告会 そしてハーリングが撮影した写真の展示が 予定されてい ます本日はこの式典にて鹿児島大学のご 協力により貴重なカラー画像の一部をご 紹介いたし ます米軍統治家において奄美のしちの先人 たちがましく営んでいる様子をご覧 [音楽] くださいなか な 客 わりてきんにか な [音楽] ちや歌 ぐし 辛い ぐし [音楽] る みや 信長な [音楽] あま つき [音楽] まら の すみ し の 9 [音楽] 覚めゆるゆやゆ [音楽] がすぬ サティ わかな ク に
ぶる つに [音楽] ぶら米軍地下のの人たちのたましい営に 敬意表し ます当時の島中のりがあって私たちが奄美 群島の島島に生かされていることに感謝 いたし ます改めて島島の先人たちに ありがたうふんデタダに デドト がし ここまでの歓迎アトラクションご参加 いただいた奄美高校強度芸能部の皆さん なぜ市民合唱団奄美市少年少女合唱団の皆 さんありがさり たここからは記念式店の会式となります 準備のためしばらくお待ち くださいそれでは準備が整いましたので 奄美群島日本復帰70周年記念式典を開会 いたし ます開会に当たりまして奄美群島日本復帰 70周年記念事業実行委員会実行委員長の 高岡秀徳島町長が開会の言葉を申し上げ ますただいまより奄美群島日本復帰70 周年記念式典を開催いたします [拍手] ここで国家を斉唱します会場の皆様ご起立 くださいませなお支障のある方はそのまま でお願いいたし ます国家唱 前走に引き続きご唱 [音楽] ください [音楽] は れ の いない て め [音楽] すめ ご着席 [音楽] くださいそれではここで奄美群島日本復帰 70周年記念事業実行委員会実行委員長 安田平奄美市長より敷地を申し上げ ます本日ここに 美年という記念すべき年を迎え斎藤哲夫 国土交通大臣日健太郎京大臣政務官折山浩 衆議院議員並びに国会議員の先生方そして 塩田光一鹿児島県知事松里安鹿児島県議会 議長をはめ多数の関係者ご列席のもこの ように盛大に記念式典を開催できますこと
はこの上ない喜びであり心より熱く御礼 申し上げ ますさて奄美群島は咲の対戦後日本から 行政分離され昭和21年から8年もの間 米軍の統治下に置かれました戦後の混乱期 に行政分離によって本土との往来も叶わず 後輩と久房にあえぐ大変辛く厳しい受難の 時代を迎えました そのような中にあっても先人たちは祖国 日本への復帰を強く願い群島民が一致団結 して復帰運動を展開したことに加え全国の 奄美出身者による強力な運動を得て昭和 28年12月25日彼岸の日本復帰を果し ました時を経て70年私たちは今先人たち のこの異業の上に気づかれた平和な暮らし そして奄美群島に生まれ生きる喜びと誇り を教授してい ます復帰以来今日に至るまで旅重なる台風 集合など多くの自然災害を始め厳しい困難 に直面しながらも着実に進行発展が計られ てまいりましたこれも一重に本日列席の 国会議員並びに県議会議員の諸先生方を はめ国県関係者の皆様方そして歴代の関係 者の皆様方全てのご支援の賜物でありここ に新人なる経緯と感謝を表し ますさのゆ官道鹿児島国体総合開会式式典 の中で天皇陛下より奄美群島日本復帰70 周年をお祝いするとのお言葉を賜り先人 たちのご老に思いを馳せた時万感胸に迫る 思いをいたしまし たこの70年の節目をきに改めて私たち 奄美群島に生きるものは日本復帰を果たさ れた先人たちの思いをしっかりと受け止め 世次世代へ語り継いでいくとともにこの類 を見ない復帰運動を成し遂げた行動力団結 力助け合いの唯の精神負けるもかという霊 精神などに改めて学ぶことで奄美群島の 新しい時代を築いていく力として参りたい と考え ます奄美群島には奄美の黒作業をはめと する希少な動植物が数多く生息しその豊か な自然ととに生きる中で育まれてきた島歌 8月踊りなど奄美独自かつ島ごとに補正の 異なる魅力的な文化がきいており ますこのような中平成29年3月に国内 34番目の国立公演奄美群島国立公演とし て群島全域が指定され令和3年7月には 沖縄ととに奄美大島徳島が世界自然遺産に 登録されましたこのことは奄美群島が古く から大切にしてきた豊かな自然の保護に しする大きな一歩となることはもより自然 と共存し持続的に発展していく新たな展開 新たな挑戦に向けた景気と捉えている ところでもござい ます加えて本年8月には全国高等学校総合
文化祭10月にはモ官道鹿児島国体が開催 され奄美群島におきましても相撲競技 トライアスロン競技パワーリフティング 競技や各種デモンストレーション競技が 開催されコロナ後の地域活力の最高に勇気 を与えていただくとともに奄美軍とを広く 国内外に発信する機会ともなりました個人 力を賜りました関係各員に対しまして心 から感謝申し上げる次第でござい ますそして本年度は現行の奄美群島振興 開発特別措置法の次元年度でもあります これまで数字の法改正に基づき各犯に渡る 諸施策の積極的な実施により交通基盤や 産業基盤などの社会本の整備が進み奄美 群島は大きく発展してまいりましたしかし ながら厳しい自然的社会的環境化にあって 本土との所得水準をはめとする経済面に おける諸角差や人口減少など解決すべき 課題が未だ多く残されているのも確かで ありますこれらの課題解決を図るためには これまでの取り組みをさらに押し進めて いくことはもちろんのこと共に世界産に 登録された沖縄との連携超R発展に向けた 産業振興の推進が必要不可欠であります そのような中奄美群島12町村では群島の 産業振興策を戦略的にまとめた奄美軍と 成長戦略ビジョンが策定から10年を経過 しますことから新たに令和6年度から10 年間を計画機関とする新ビジョン奄美群島 成長戦略ビジョン2033を策定いたし ましたこの新ビジョンでは新たに3つの柱 を軸としています1つ目は世界自然遺産や 国立公園に代表される群島が有する宝を次 世代につなぐ取り組みとしてのつなぐ宝2 つ目に農林数産業の進行や沖縄との連携に より生活を支える所得を確保する経済成長 に向けた稼ぐ力3つ目にデジタル技術の 活用や重移住重による人の確保などにより つなぐ宝稼ぐ力を推進する基盤づりとして の支える基盤ですこの3つの柱を記述とし て群島一体となって各種政策に取り組んで いく所存でございますそのためには奄美 群島振興開発特別措置法の延長と内容拡充 は最重要課題でありますことから引き続き 法演長各に格段のご理解とご支援を賜り ますようをお願い申し上げます結びに本 式典の開催にあたり関係する全ての皆様 から賜りましたご向上に対し重ねまして心 から感謝を申し上げますとともに今後とも 奄美群島のさらなる振興発展に向けてご 指導ご支援を賜りますようお願い申し上げ 指事といたします令和5年11月11日 奄美群島日本復帰70周年記念事業実行 委員会委員長 安田本日は誠にありがとうござい
[拍手] ます 安田平実行委員長が敷地を申し上げまし たそれではここで本式典にご臨席賜りまし たご来賓の皆様にご祝事を頂戴いたし ますまず始めに国土交通大臣斎藤哲夫様お 願いいたします国土交通大臣の斎藤哲で ございます奄美軍日本復帰70年記念式典 本当におめでとうございますえ記念式典に あたり一言ご挨拶を申し上げますえ奄美 群島は戦後米国の統治家に置かれ島民の 方々は大変厳しい暮らしを強いられました そのような状況でも日本復帰に向けて諦め ず粘り強く活動された島民の皆様のご努力 にまずもって心から経緯を表し ます昭和28年の復帰以来奄美群島振興 開発特別措置法のもで国県地元市町村が 一体となって社会資本整備を進めるととも に産業を発展させるなど奄美群島の復興 そして振興開発のための様々な政策を実施 し今日まで成果を挙げてきまし た令和3年には奄美大島と徳島が沖縄島 北部及び入島ととに世界自然遺産に登録さ れるという非常に喜ばしい出来事もあり ましたこの間の関係者の皆様のご尽力に 対しましても改めて経緯を表し ます他方奄美群島は現在も地理的自然的な 条件から様々な課題を抱えています特に 人口現象や高齢化が進む中で地域を支える 人材の確保や独自の自然文化の継承は今後 の島の振興開発を考える上で避けることの できない課題ですこうした中来年3月に 期限を迎える奄美群島振興開発特別措置法 に基づく政策は引き続き重要と考えてい ます国土交通省としましては鹿児島県や 地元市町村などのご要望を踏まえて特別 措置法に基づく政策を継続するため法案の 検討を意進めいるところでございますこの 検討にあたってはさらに地元の皆様の声を しっかりとお聞きし世界自然遺産に一体と して登録され地理的に近接し歴史や文化 などでも深い繋がりを持つ沖縄との連携と いった新たな観点を盛り込むなどさらなる 支援の充実を図ってまいりたいと考えて おります今後も奄美群島の振興開発のため 新たなに対応しながら1つ1つ着実に施策 を進めてまいります皆様に置かれましても 引き続き奄美群島のより一層の発展にお 力添えをいただきますようよろしくお願い をいたしますえ最後に個人的な話で大変 恐縮でございますが私はちょうど50年前 大学生の 頃大学の親友の同級生に奄美出身の男が おりました夏休みに彼の成果へ2週間ほど 滞在をさせていただきました素晴らしい
思い出になっておりますその後その同級生 は大学を卒業して東京で働いておりました が30を過ぎた頃奄美に帰りたいと言い 出しましてえもうすでに結婚をして子供が おりましたけれども大学にもう1度入り なして敗者としてこの奄美にええ帰ったま そういうことがございますけれども私は その時に彼が奄美に帰りたいといった 気持ちが本当によく理解をできました 素晴らしいところだと思いますえ結びに あたり奄美群島のますますの発展とともに ご列席の皆様方のご検証ご活躍を心から 記念いたしましてお祝いの言葉といたし ます令和5年11月 国土通大臣藤哲本日は本当におめでとう ござい [拍手] ます国土交通大臣斎藤哲夫様よりご祝事を いただきましたありがとうございました 続きまして環境大臣務官健太郎様よりお 願いいたし ますこんにちは環境大臣政務官の麻健太郎 です本日ここに奄美群島日本復帰7周年 記念式典がこのように盛大に開催されます こと心よりお喜び申し上げます実行委員長 の安田奄美市長はめ開催にあたりご尽力 いただいた皆様に深く感謝を申し上げ ます天美群島には豊かで多様な自然環境と そのような自然と人の関わりから生まれた 自然と強制する文化いわゆる環境文化が 残されています奄美群島は平成29年に 国立公園に指定されておりますが我が国を 代表する亜熱帯収容樹林の自然景観と人々 が自然と強制してきた環境文化に最大の 特徴がありますさらにその優れた生物多様 性が国際的に評価され令和3年奄美大島と 徳島は沖縄島北部入入島と共に世界自然 遺産に登録されました奄美群島の歴史や 復帰運動そして復帰から70年という歳月 を思い出す時激動の時代にあっても地域の 自然と強制し自然を守り続けてこられた 地域の皆様のご努力が伝わってまいります 今日この地域が国立公演世界自然遺産とな なっていることも奄美群島の貴重な自然と 文化を守り育んでこられた島民の皆様の おかげであり改めて心から敬意と感謝を 表し ます環境省ではこの地域の自然環境を将来 に受け継いでいくため奄美大島と徳島に 13名の自然保護官と自然保護官補佐を 駐在させています今後も地域の皆様と共に 奄美群島の自然環境や環境文化を守りその 活用に取り組んでまる所存です引き続き皆 様のご支援ご協力を賜りますようよろしく お願いを申し上げますまた今年から我が国
の新しい制度として民間の取り組みなどに よって生物多様性の保全が図られている区 を国が認定をする自然強制サイトの 取り組みを開始をいたしました奄美大島で も奄美の黒うさぎトラスト3号地と奄美 大島マグの里秋さと大勝この2件を我が国 の自然強制サト認定の第1回目で認定させ ていただきました本日私もその1つを視察 をさせていただいて大変自然豊かな状況を 目にすることができ大変考え深いものが ございます世界では生物多様性のこれ以上 の損失を止め 回復させていくネイチャーポジティブの 実現が大きな課題ですここ奄美群島から 日本そして世界を牽引していくような理念 哲学と具体的な取り組みが数多く発信され ていくことを期待しております結びに環境 省として奄美群島国立公演世界自然遺産の 保護管理や生物多様性保全の取り組みに 全力で進めていくことをお誓申し上げると とに豊かな自然と文化を守り続けてきた 奄美群島の今後のさらなる信仰発展を記念 いたしましてお祝いの言葉とさせて いただきます本日は誠におめでとうござい ます環境大臣政務官朝太郎様よりご祝を いだきましたありがとうございまし たき 衆議 議員様よりお願いいしますご紹介を いただきました首党の総務会長を務めて おります衆議院議員の森山浩 です本日ここに奄美群島本日本復帰70 周年記念式典が盛大に開催をされますこと 心からお喜びを申し上げ ます 70年前奄美群島を日本復帰に導いたのは 先ほどの日本復帰の豚にも笑われている よう に島民の草々の強い熱でし た今日の奄美群島があるのは間違いなく 当時の方々の活動であったこと です住民の皆様をめとして関係の方々のご 努力に深く経由を表し ます1昨年には奄美大島と徳島が 沖縄沖縄党北部及び医医療島ととに世界 自然遺産に登録をされまし た平成15年に世界自然遺産の候補に選定 をされてから18年後の登録でございまし たここにもまた関係の方々のななならぬご 苦労があったと思います皆様方のご尽力に 改めて経由を表する次第であり ます奄美群島は復帰 以来奄美群島振興開発特別措置法のもで速 な発展を遂げてきまし た元々この法律は復帰直後の昭和29年に
奄美群島復興特別措置法として現立法で 誕生したものであり ますその当時のことを山中先生からお聞き したことがあります が復帰1回目の衆議選挙 は校舎の方が多数おられ て1回目の選挙では法定得票数を獲得さ れる方がおられなかっ た再選挙になったと教えてくださいました その再選挙で当選をされたのが安岡武久 先生であったそうであり ます再選挙があるということを 予定をしていなかったので国会の日程を 組ん で特別措置法を国会の委員会で説明する 日程 が迫っていた時 に選挙が行われ安岡先生がご当選をされ た ちょうど委員会の日に状況をされることに なり 山中先生が空港まで迎えに行って空港から 国会の道道法案の説明をし た国会についてすぐ委員会 に安岡先生が出席をさ れ的確に説明をされ たやさんというのは役人の経験もある からびっくりするぐらい 言えた説明をされ たこういう経過をたどってこの法律はでき ていること を後輩の君たちはしっかり知れと教えて くださったことを今思い出し ますこの奄美群島復興特別措置法は復帰 から10年余りを得た昭和39年に は名称の中の復興の文字が信仰に 変わり昭和49年に現在 の進行開発になったという経過をたどって いることを我々は知らなければなりませ ん進行開発という4つの文字に込められて いる気持ち は奄美が鹿児島県の日本の発展を引っ張っ ていける地域に そういう地域を作っていくのだという意気 込みが込められていると私は思いますそこ に向かって着実に奄美群島が住民の皆さん のご努力により発展をしてきていることを 大変嬉しく思いますしさらにこのことを しっかり進めていかなければいけないの だろうと思ってい ます復興から進行 そして振興開発へ と歴史をしっかり受け止めて今後頑張って いかなければいけないなという風に思い ます私は現在住民主党の奄美振興特別委員
会の委員長を務めてい ます来年3月に起源を迎える特別措置法の 延長に向けて議論を重ねてきまし た本年8月には特別委員長としての決議を 取りまとめ法律の確実な延長と支援の充実 に向けて取り組んでいるところであり ます先ほど 斎藤大臣のお話を聞かせていただき極めて 前向きなお話をいただきましたので我々は 政府と一緒になってさらに奄美が発展を できますように奄美の発展が鹿児島県や 日本の発展を引っ張っていける地域になる ように頑張っていきたいと思っています 今後も島民の皆さんの熱意をしっかりと 受け止めていかなければなりませんし奄美 群島の信行のために精ぱ取り組んでいく ことを日本復帰7周年というめにあたり 改めてお誓を申し上げ ます終わりに奄美群島のますますの発展と 本日ご参列の皆様方のご検証ご活躍を記念 をいたしましてお祝いの言葉といたします 誠におめでとうございまし [拍手] たよりご祝事をいただきましたありがとう ございました続きまして鹿児島県知事塩田 光一様よりお願いいたしますえ奄美群島 日本復帰70周年という記念すべき年を 迎ええ本日斎藤国土交通大臣朝日環境大臣 政務官森山衆議議員をはめえ多数の関係の 皆様のご列席のもこのように盛大に記念式 展が開催されますことを心からお喜び 申し上げます本日は県外からも多くの方々 にお越しいただき誠にありがとうござい ます奄美軍島は昭和21年2月に米国軍 政府の統治下に置かれた後本土との交通や 攻撃が原則として遮断されましたえその ような中で奄美の人々は後輩と緊急に耐え ながら10数回にわる早期大会や断食など の激しいしかし平和的な祖国復帰運動を よく展開し昭和28年12月25日に日本 復帰を果たしました日本復帰に尽力された 先人たちの五6に対しえ心から経営表し たいと思います以来今日まで外界理党と いう特有の地理的条件や台風が上昇する などの厳しい然自然条件のもと特別措置法 に基づく支援を受けながら群島の復興 さらには振興開発のためにえ各種施策がめ られてきましたえこうした取り組みの結果 航路や航空路道路網など群島内外を結ぶ 交通基盤や観光施設情報通信などの産業 基盤生活環境などの社会資本の整備が進み え加えて運賃提言や輸送コス支援等の ソフト事業も実施することで産業の振興や 住民の生活水準の向上が果たされてきまし たえこれも一に本日ご出席いただいている
え政府関係期間国会議員及び県議会議員の 皆様のご支援そしてえ地元の方々の長年に わるご努力の賜物であり深く経緯を表し ますととにえ心から感謝を申し上げます 奄美軍党は亜熱体制海洋性の豊かな自然や 世界的にも貴重な野生生物個性的な伝統 文化健康癒しに関する資源など他の地域に はない魅力と特性に恵まれております平成 29年3月には豊かで多様な自然環境と 固有で希少な動植物からなる生体系そして 人と自然の関わりから生まれた地域文化が 残されていることから環境文化型という 新しい概念に基づき国立公演に指定されて おります令和3年7月には奄美大島と徳島 が世界自然遺産に登録され島の宝が世界の お宝になったことは大変誇らしく喜ばしい ことであるありますえ今後とも国や地元市 町村等と連携を図りながら世界自然遺産と しての価値の維持自然環境の保全と利用の 両立などに取り組むとともに奄美独自の 文化の継承やこれらを生かした地域づくり に取り組んでまいりますまた世界自然遺産 に一体的に登録され歴史的文化的に つながりが深い沖縄との連携を強化する ために本年8月にここ奄美市で本県と沖縄 県奄美群島域事務組合との間で連携協定を 締結しましたえこれに基づき住民等の往来 や農林水産物の輸送の円滑化自然環境の 保全観光進行などの分野で両者の交流の 一層の拡大を図ってまいりますえさらに 先月モ官道鹿児島国体においては奄美群島 で実施された協議会には奄美群島日本復帰 70周年記念の鑑賞負して開催いたしまし た天の相撲長でのトライアスロンなどの 国体協議が群島内で初めて実施されたこと は島民の皆様にとっても大きな喜びであり 奄美群島の日本復帰の歴史的な意義を県民 の皆様をはめ県外の皆様へも広く示すこと は大変有意なことであったと思います一方 でえ地理的自然的条件振り制により医療 物価教育など多の面で依然として本土との 格差は大きく人口減少や高齢化といった 課題もより化してきております件といたし ましては今年度末で期限を迎える奄美群島 振興開発特別措置法の延長拡充を図るため 令和4年度に地元の皆様や全国の共有会の 皆様にも様々なご意見を伺いながら総合 調査を実施しました調査報告書においては 法の延長とともに沖縄との連携や調和ある 発展を図るよう条文を改正する必要がある などとしておりますえこの調査で明らかに なった進行開発の方向及び方策に基づく 各種施策を通じて市町村等と一体となって 産業の進行と生活の利便性の向上をの一層 送信するとともに奄美群島のさらなる発展
を図り我が国の地域新興の先進地域となる よう取り組んでまいります本日ご列席 いただいております政府関係機関国会議員 の皆様方には法演長の実現と支援措置の 拡充これらに伴う必要な予算のについてえ 今後とも特段のご理解ご支援を賜ります ようお願い申し上げます終わりに奄美群島 の今後ますますの発展と本日ご列席の皆様 のご検証ご他を記念いたしましてお祝いの 言葉といたします本日は誠におめでとう ござい ます鹿児島県議会鹿児島県 様よりご祝をいただきましたありがとう ございまし た続きまして鹿児島県議会議長松里安様 よりお願いいたし ます 祝鹿児島県議会からは地元選出の長井議員 被 議員議員松山議員を始め多くの議員の皆様 がおりますが代表して挨拶を申し上げ ます 本日奄美群島日本復帰70周年記念式典が 関係の皆様多数ご列席のも盛大に開催され ますことを心からお喜び申し上げますご 案内の通り奄美群島は終戦後昭和21年に 日本本土から分離され 以後米国軍政府の当事家に置かれており ましたが群島内を始め全国各地の奄美出身 の皆様が一眼となって取り組まれた署名 活動や集会活動など日本復帰運動に携われ た多くの方々のご努力に より昭和208年12月25日に日本へ 復帰を果たされました今日に至るまで奄美 群島の進行発展に尽力されてこられた地元 の皆様のご老に対し改めまして新人なる 経緯を表する次第でござい ますまた本日ご臨席の国会議員の先生を 始め国の関係機関の皆様のご支援により これまで奄美群島進行にかかる特別措置法 の延長を重ね奄美群島の自立的発展や住民 生活の安定等の促進が大きく図られてき ましたことに中心より感謝を申し上げます さて令和3年に奄美大島及び徳島が沖縄 本島北部入島とともに世界自然遺産に登録 されました我が国の豊かで多様な自然環境 の形成維持に大きな役割を担うとともに 沖縄や八島との広域的な連携を図ることで 観光産業の活性化などが期待されるところ であります一方で地理的自然的条件から 人流物流の円滑化や保険医療提供体制の 確保教育の進行などの課題は依然として 存在ししておりますこのような中奄美群島 のさらなる発展を図るため次年度以降も天 神法の延長充実が必要不可欠であります
ことは皆様も同じ考えかと存じます来年度 からは奄美群島振興開発審議会で意見審さ れた方向で新たな天神法がスタートし予算 措置等が行われることを期待しますととも に定された奄美軍成長戦略ビジョンのも 地元12市町村の皆様が一眼となり各種 政策を積極的に取り組まれますことを念願 する次第であります私ども県議会といたし ましては今後とも奄美群島発展のため全力 を京中してマル所存でありますので皆様に 置かれましても持続的発展を目指し 引き続きご人力をりますようお願いいたし ます終わりに日本復帰70周年を迎えられ ました奄美群島のますますのご発展と群島 民並びに本日ご列席の皆様のご検証とご託 を心から記念申し上げまして県議会を代表 しましての祝事といたします令和5年11 月11日鹿児島県議会議長松里安誠にお めでとうござい ます 鹿児島県議会議長松里安弘様よりご祝事を いただきましたありがとうございまし たここでご輪席賜わりました来賓の皆様を ご紹介いたしますお名前を呼ばれましたら ご切立ください ませ坂本哲市衆議院 議員 安岡弘武衆議院議員おめでとうござい ます三園サ衆議 議員近所安国衆議院 議員 久保田哲也参議院 議員中野広正衆議院 議員サミュエルE政治経済部 長おうござい ます 本日はこの他多数の来賓の方々にご出席を 賜っておりますが時間の関係上全ての方を ご紹介することができません誠に失礼とは 存じますがご紹介を省略させていただき ます本日はお忙しい中ご隣席賜わりまして 誠にありがとうございまし たここで本式典開催にあたり各方面より 多数のお祝いの伝法を頂戴いたしましたご 紹介させていただき ます参議院議長小辻秀久様からいただき まし た奄美群島日本復帰70周年記念式典及び 祝賀会の開催を心よりお喜び申し上げます この度の記念式店祝賀会の開催にあたり 市長はめ関係各位のご尽力に心より経緯を 表しますご案内をいただいておりましたの で本来ならばお目にかかってお祝いを 申し上げるべきところではございますが 公務のためどうしても都合がつかずお伺い
することが叶いませんでした誠に申し訳 ございません本日この記念すべき日を迎え られましたのも先に一眼となって復帰運動 をされた先人の方々の思いやご尽力の石が あってこそのものと存じますこの日本復帰 70周年を景にこれからの奄美市奄美群島 そして鹿児島県のさらなる発展のために 記念申し上げますとともにご参会の皆様方 のご検証ご多を心よりお祈りいたします 参議院議長辻秀久様よりいいたご祝電でし た倫理審査会長参議院議員野村哲郎様より いただきまし た奄美群島日本復帰70周年記念式典並び に祝賀会が盛大に開催されますことをお 喜び申し上げます復帰70周年の節目を 迎え記念式典の開催に向けてご尽力された 安田市長はめ関係者の皆様に心から敬意を 表します また奄美群島の日本復帰にご尽力された泉 放浪先生はめ先人の方々のご努力に重ねて の経緯を表します復帰70年の節目を迎え られた奄美群島の発展のため私も微力を 尽くしてまいりますのでご指導ご弁RE 賜りますようお願いいたし ます結びに記念式典のご正解と奄美群島の ご発展ご参週の皆様のご検証を記念 申し上げます令和5年11月吉日参議院 政治倫理審査会長参議院議員野村哲郎様 から頂いたご祝電でした厚生 労働厚生労働副大臣衆議院議員浜ず様より いただきました奄美群島日本復帰70周年 記念並びに式典祝賀会のご開催誠にお めでとうございます安田様はめ関係各位の 並々ならぬご人力に経緯を表し皆様方のご 検討と機会のご正解を心よりご記念 申し上げます衆議院議員浜正様よりいいた ご祝電でし た衆議院議員野た様よりいただきました 奄美群島日本復帰70周年記念式典並びに 祝賀会が多くの皆様のご隣席のも盛大に 開催されますことに心よりお祝い申し上げ ます日頃より奄美群島の進行発展にご尽力 いたいております皆様に深く経緯を表し ます本年日本復帰70周年を迎えたわけで ありますがあの時代の出来事をこれからの 未来を生きる子供たちに先人たちの思いや 復帰運動の意義を成に語り継いでいか なければならないと思います産業振興を さらに推進し奄美群島の自立的で持続可能 な発展を実現してこれからも活力ある奄美 の創生に向け皆さんと共に全力を尽くして 参ります奄美群島広域事務組合のますます のご発展とご参加の皆様のますますのご 検証とご活躍をお祈り申し上げます令和5 年11月11日衆院議員様よりいいたごご
祝電でし た参議院議員村田京子様より村田京子様 よりいただきました天美群島日本復帰70 周年記念式典のご開催をお祝い申し上げ ます全当民を上げた署名活動や各地で行わ れた集会が身を結び奄美群島が日本復帰を 果たしてから70年この記念すべき日を 迎えられましたことを心よりお祝い 申し上げ ます復帰以降の経済発展に向けた島民の皆 様の頼まぬごご努力によって日本有数の 観光スポットになった奄美世界に誇れる この島々のことを同じ鹿児島県人として とても誇らしく思っております結びに本 記念式典の準備に携わってこられた皆様に 経緯を表しますとともに式典のご成功と 奄美群島のご発展ご繁栄を記念しお祝いの メッセージとしお祝いのメッセージと いたします参議院議員村田京子様より頂い たご祝前でし たまた衆議院議員吉田信様参議院議員佐竜 様よりご祝電をいたいておりますこの他 多数のご祝電をいたいておりますいただき ましたご祝電は会場ホワイエにて掲示させ ていただいておりますのでご覧ください ますようお願いいたし ますそれでは閉会の言葉を奄美群島日本 復帰70周年式典事業実行委員会副実委員 長新川安大島市長長が申し上げます以上を 持ちます 軍日本復70周年記念式店を閉いたし ますここで10分間の休憩を挟みまして 後半のアトラクションがございますご来場 いただきました皆様最後までお楽しみ ください それでは後半のアトラクションを開始 いたします今回語り継ぐことをテーマに 奄美群島の語りべ子供たちのメッセージを お届けいたしますそれではお願いいたし ます つ て 深 さ 病の なわらなき わ敵のあのが3期変態6期変態ってくる来 たらねどこでもね あの目はこうして耳を押さえてもう バラバラて巻くから本当に傷がバラバラ 落ちてきてしの子の手か通っててバケツ がってバケツを焦がしましたね暑かった です 太平洋 の
仕 は我が 道方の地の 叫び僕後に入らんであの 56年に大房が海岸で転学してった今源の ところからぐっと下がってこう来て重射し てガジュマのキにパチパチ来たもんだから もう1人1人 赤毛の根元にこうしゃがんで幸いにあの住 者がななかったから良かったんですがもし やったらもう全部やらろってです ねなんで返さの選ぶと 世論 同じ腹から 甘み国神の御崎 からそのグラマンという飛行がきとさて いく飛行士としばらくとバララララて言っ て中学生ですよ中学中学生受験のために 行く子供たちがやられたねあんなに悲しい ことはなかった ね平和と自由を知たい つつ立てる 民族 24万飛行機がブマがね飛んできて地あの 谷のね中に飛行機が降りてきてそこを焼い て飛んでいったもんでね怖かったとっても 怖かっ たとよ歌を平和の歌をうん漢方さ駅の玉が ヒーがダーンてくるんですよちのイって いうところの集落は大きな石の下に全部1 30人ぐらい一緒に全部生活しとったん ですよ全員が後ろに泣き倒されたからね 自分にも当たるような気がするんですよ うん本当怖いですわ父があ可愛い小ひば 買ってきて僕にくれたんですよで僕はもう 大体大好きでえ昼間そこであの草を切って やったりまた草の多いところに連れて行っ て繋いだりしていたんですけどそれがあ あの玉に当たって真っ赤にちちえ血が 染まって非常に泣きじゃくった思い出が ありまし て復帰運動にはどのような形で携わったと かいうエピソードはあったりしますかダス という人 が北院27度半から切り離して27度 半から北の方は返す徳島とラブの間にその 戦が取ってるこれじゃいかにお前たちは 本土にも就職もできない大学も行けない どうするということになって徳島大島と 機械と同じように緒に返すように盛り上げ ましょうかということになってデモ更し 1番最初に立ち上がったのが沖高校なん だこっち大山には米軍があったアメリカ兵 がおりましたのでえ野球の練習試をしたり して高校生とベ仲良くしったからお前たち
が不及運動するならトラックを貸して あげる私はにその時に2年の学級委でやっ ただからそのトラックに乗ったね 何メか楽器風てて人たちがねその人たちも 一緒に乗せて伝統回ったねよもとにかく 日本に帰りたい子おばちゃんアメリカ占領 の時代食べるものはありましたかいやあり ません山の中にね今言えば里芋みたいな もう何もしないバシて言たバシ寝ること さえもわからない草と一緒ににるこれも初 体験ねでも本当に口た痒くて苦くてこれを 食べて命にしましたよもうそれ本当に一番 辛かったですね食べ物給やあたんだやや あの肉カカに入ってる肉えカカに入ってる 肉なんかありましたねアメリカハもちって やそうそうアメリカハムとか行ったりして もう食べる遺上に大変生活でしたから hpbの洋服なんかきてそれを外してうち なんかセラフ姉ちゃんなんかが作ってくれ ましたうん本当にもう北帰したかったです ね昔のようなあの北な生活に戻りたかった ですアメリカの支配下にあった時にあの 勉強はあの英語とかそういうアメリカの 文化とかの勉強はあったんですかいや全然 論語を使わなくて日本語NHK勉強と方言 1回使っとバ登板で掃除登板掃除やるとか うんはですねその島口が悪いという意識で なくてやっぱりこれからその本の行って 自分たちが12疎通ができるための お方策としてやっぱりえやってこられたん だと思うしあくまでも自分たちの将来の ためを考えてきたんだとあの復帰運動は 世論でもあったんですかた先輩方から言わ れて集落とかいっぱいその場所になって もう回ってくっついて楽しかったですよ 日本に復帰したらどんなにいいのがあるの か悪いのかも分からんわけだからそれいい んだという感じだから全部で一生懸命あの メガホンで叫びながら歌を歌いながらあ 行かれたこと大変覚えてますね 高校生活どういうどういう生活だった かっていうのを教えて欲しいです吉健 ちゅうのは勉強戦 で毎晩あの検討クラブでボクシングの練習 を1てるうち聞いておるが田舎のお母さん に申し訳ないと思わんか毎日叩き合いをし て頭を悪くなって勉強は全でいい眠にし てボクシング出ると3回戦で9分間戦えば あの大島市長の初任級と同じ 900円B県の900円もらえよってその 儲けたお金とかってどこに使ってたんです か代行 の1ヶ月の月が75円だったんですよそれ を1年1年間来年の3月まではしたら 900円になる
から来年の3月まで列車を払いますちたら 係の先生がボクシングは大行は禁じておる んじゃが今度寝たら退学させるよう に脅かされてねボクシング大会とあの うどんままでの牛とらしですね闘牛大会 これが2つの行事ね娯楽関係がないやから そういうのが み理解があったですよ米軍はうん うん当時の吉見さんから見てアメリカ軍の 方達てどういう風に見えてましたか アメリカはに女の子を女の人を常に大事に してジプで女の人を乗せたりする時はとま あの目的室につくつくとすぐ自分が降りて ドアを上げて そしてどうぞして女性を大事にする国じゃ ねえてつづく思いましたねうんあアメリカ なった時にはいあのそのたた何を食べたの か教えてくださいアメリカの方から何か 食料節とか行ってあの区長さんの家であの 配給があるち言ってそこ行ってもらうん だったけどラト源とか言ってあのコナ ミルクこれぐらいののにこれぐらいコナ ミルクが配給なんかしてくれるもんでそれ で助かりましたよ教科書はいとかで あの日本語だったんですか自分なんかは 教科書なかったもんで新聞のようなのが来 てそれを針で塗ってあれして本作って勉強 したんだけどノートとか鉛筆ないもんで 自分なんか学校から帰り帰りがけに浜通っ て砂で字て覚えましょうねなんか言ったり その時でも楽しかったこととか嬉しかった ことはあったんです かそうですね嬉しかったことはやっぱし 家族が元気だったもんで嬉しいね何もない からやっぱし日本に帰っては良くなるよう にそればかりしか思われなかっ たその時12月だったよねフしたのがねし たら私お腹大きかったわけよ20歳で結婚 したから嬉しかったその時は日本人になっ たと思 ね広い世界を目指した方がいいと 今からの時代はね自分なんかはゴンブラク だけだけどね今から若い子はね勉強一生 懸命してね撤回を目指して ね高校生でなければできないことがあると 思うんですよ目標も持って ねそれに立ち向かうことが1番大切かなと 思いますしっかり勉強すれば 大丈夫だよ何でも叶う何でも叶ううんされ というわでしょことでしょうあそうやらん のね思い願うことがその人の運命につがる とこれは大事だよこれだけ覚えといてる なさいよし ベリーグそれを覚えてそして実行すること ね自分の目的を持ってくじけずにコツコツ
頑張ることよね夢を持つこと ね理想自分の夢を持つことうん そして努力をしていけば幸せな人生を遅れ ます よ私は機械島の語り部の田亀さん西野石子 さん子さんとお話しして 激しい戦争の中爆撃を避けただ生きるため だけに食料を探していたこと日本本土とも 生きできない辛 さ楽しいこともない時代だったことを伺い まし た今ある機械島の美しい海自然島歌島の 料理戦争のない平和な生活を大切に守って いきますそしてそのことの葉を島の未来へ 語り継ぐことを誓います島機械中学校1年 同盟 [拍手] [音楽] かほ私は徳島の語り部の中子さんとお話し て戦争は2度と繰り返してはいけない ということを学ぶことができました私たち に戦争について話してくれた愛子さんは とても悲しそうな目をしていまし た戦争中の食べ物や着ていた服のことそれ に戦後も続いたアメリカの統治下の中での 生活どれも今の私には想像できないくらい ひどいものでしたそれなのに今でも争いを 続けている国がありますだから私は私に今 できること相手の考えや意見を 受け止めるこれを日々の生活に生かして いきたいですそしてそのこの派を島の未来 へと語り継ぐことを誓います徳島犬田中 学校1年広山 若名 私は徳島の語り部の中原愛子さんとお話し して戦争は大切なものを奪ってしまう 恐ろしいものだということを改めて実感し まし た徳島がアメリカから復帰して70年が 経ちまし た復帰するまでの間とても苦しい生活を強 られてきたことを知りまし た私はこの話を聞いてのの人たは大変な 苦労をしながら一生懸命抜いていてすごい と思いまし たそれと同時 [音楽] に昔の人たち [音楽] はたちはこんなに苦しい思いをしている人 が何人もいるんだという事実に驚き心が 張り裂けそうな思いになりましただから私 は自分にできることをしていきたいと思い ます私は戦争を体験したことがないから 分からないこともあるけど人から教えて
もらったことをみんなに伝えることはでき ますこれからは昔の人たちの思いを胸に しまい今を大切に生きていきたいです そしてそのことの派を島の未来へと 語り継ぐことを誓い ます徳島犬田中学校1年広山 [音楽] [拍手] [音楽] メイナ 私は沖島の語り部の佐田さんとのお話の中 で高校生にしかできないことがある目標を 持ちそれに向かって立ち向かうことが大切 という言葉が印象に残ってい ます今の私は当時復帰運動を行った佐田 さんたちや家族の支によって勉強や部活動 に励むことができてい ますそのことを忘れず毎日を1日日を大切 に過ごしていこうと感じましたそしてその この派を島の未来へと語り継ぐことを誓い ます沖の島沖のぶ高等学校1年 [拍手] [音楽] かお私は与島の語り部の田中さんと竹一 さんとお話をして戦後の苦しさや生きる強 さを感じまし たそのお話の中でムゥぬさ不分という言葉 が出てきまし たこの言葉は与島に古くから伝わるこで 思いや願いは強くか願うと叶うという意味 がありますこの言葉を信じて島の人々が 復帰運動に取り組んできたからこそ今の豊 な活を送っていけるものだと思い ます今世界では望まれない戦争が勃発し 繰り広げられようとしてい ます私は戦争のない世の中を願いますさり 不分私はこのことの歯を島の未来へと 語り継ぐことを誓います与論島与論中学校 2年竹本 連 [音楽] まず始めに世界中の子供たちが1日でも 早く笑顔で過ごせる日々が来ることを願っ てい ますアメリカからのクリスマスプレゼント として日本に変換された奄美 群島私私は語の方々の取材を通して当時の 奄美の人々から今の奄美を生きる私たちへ のプレゼントと捉えることもできると感じ まし た奄美大島の語りべよみさんはやりたい ことはたくさんあったでもできなかったと も話していました先人たちの思いを載せて 夢を持ち叶えるために努力することがこの 島への恩になるのかもしれませ
ん 現在新型ウイルスや少子化など形は違う けれど新たな危機に直面してい ますこの島を守りついできた先人たちの バトを受け取り次は私たちが困難に 立ち向かい乗り越えていく番ではない でしょう かまた復帰の歴史を風化させることなく次 の世代に語り継ぐこともこの島に生まれた 私たちの責務だと考え ます今奄美の空は青く広がり海は透き通り 賑やかだけど穏やかな暮らしが続いてい ますそれが日常と言える今があるのはあの 時奄美を守りために戦った先人たちの生き た証になっているからではないでしょう か最後に 私はこの歴史ある島に生まれたことを誇り に思ってい ます奄美大島ルネサス高等学校2年平 [音楽] [拍手] [音楽] [拍手] [音楽] 由奈 [音楽] 4 [音楽] [音楽] [音楽] [拍手] [音楽] JA [音楽] [拍手] [音楽] [拍手] 8 [音楽] [拍手] [音楽] [拍手] 涙いつこぼれて新月の夜1つ海が生まれた 遠くついだ 言葉 語りべたちの 物語の中に 昔誰かがここで張り裂けそうな胸をそっと 開いた歌に奏でて ずっとどんな場所にも さえ てけを消さないで あなたの中 の としは知らなりいし
か 輝く [音楽] 語り継ぐことよ伝えていく こと次第の腕でもパって行く船風 光る今日の日のそを受け継いでそでも遊て は どし [拍手] [音楽] 指に期に神にあなたの向こをか まみえる重か腰の時の流れを されたらその人に 手 てるこの 世界 生まれてと [音楽] で与えられた ゆる名前 に 願が [音楽] ある愛しい笑顔に心 動かし嵐にゆで立ち止まる歩気守り たい全てを捧げても思いは力にが歌を 変えるから語りつで伝えていくことを時代 のもまっておくそれ風 光る今日の日のそを受けついでそても遊び て はす [音楽] [拍手] [音楽] ラ ラ ラ [音楽] [音楽] ラ [音楽] [拍手] H 皆さんいかがでしたか奄美群島の語り部 この子供たちはめさん島の演奏家の皆さん に盛大な拍手をお願いし ます語りの言葉と思いを受けて島の皆さん で未来へ語り継いでいき ましょうそれではここからの伝統文などを 各島々の皆さんにご披露いただきますまず 最初に島の皆さんですご紹介いただくのは 未来のメッセージ島より島中学校1年同盟 かほさん です島について島は宮島の東へ置する 4.6kmの島です島の大半が流三後礁で
年間数mmずつ流し続けています主な産業 は農業で島一面に里キビ畑が広がり里木 から作られる国東国東焼酎は島の特産品と なっていますまた校内最大のごまの産地と しても知られています東内は大駒や木まだ などの超が毎とび近年ではダイビング スポットとしても注目されつつあります 今回機械島を代表してご出演いただくのは 歌川端沙織さん東郷さやさん安田博樹さん そして踊りに浜田由奈さん柴山りさんさ 優奈さんですそれではよろしくお願いし ます本日は奄美群島日本復帰70周年誠に おめでとうござい ますこうして皆様とご一緒にお祝いでき ますことを心から感謝申し上げ ます私たちは機械島に 生まれ育ち島歌を歌いながらいつも ああ日本人で良かったなと思わせて いただいており ますこれからも島を愛し伝統文化を守り ながら生きていきたいと思ってい ますそれでは機械島の島歌の中から代表的 なわサーと機械や酔い島を賑やかにお届け いたしたいと思います是非会場の皆様もお 手しそして踊りの方で応援していただける ととっても嬉しい です [音楽] [音楽] あり あれは [音楽] る 私 [拍手] 島島 [音楽] らば [音楽] れくる 私 [音楽] ろ 晴れ くる 私 ろ ハドこい ささり ほ あれ海 [音楽] はらさ あれ [音楽]
先の からこの [音楽] のれ れよ な あれよ [音楽] な harDUKSHeyHe [音楽] [拍手] [音楽] HeSSharDUKhar [音楽] jeg jegSけの島 よ可愛いあの子のに触れ てためくばかり に すも 高い [音楽] しい [音楽] はい 島の 島 [音楽] 松島 長浜 茶 もる楽し 島島 島島 [音楽] 島ささど [音楽] ささキの名所は数々 のれはめるすら さくの ない 青い 下せ ば夢と希望がいてくる 島島 島島 [音楽] 島の 物8月ほ に キルミナティ [音楽] マイスのにみんな出て [音楽]
踊るも 島 [音楽] 島島夢の 島 [音楽] [拍手] 皆さんいかがでした [拍手] か さんさん安田さん浜田さん柴山さん優奈 さん島の皆さんデタ今一度盛大な拍手をお 願いいたし [拍手] ますそれでは次は徳島ですご紹介いただく のは犬田中学校1年広山若さんメイナさん です 徳島は鹿児島から南へ約468kmの場所 に位置する周囲およそ80kmの島です 徳島町伊仙町天木町の山頂から成り立ち 人口約2万2000人が住んでいます主要 な産業は里キビジャガイモ家事などの農業 や金海漁業国東を原料とした家市国東常駐 製造などがあります闘牛が盛んだ島として も有名で年に数回大きな大会が開催され ます豊かな自然と素朴な南の島の文化が 楽しめる奄美群島で2番目に大きな島です 今回徳島を代表して出演いただくのは 歌い手内道さんギター赤澤淳さんですそれ ではお願いし [拍手] [音楽] ます [音楽] すきの [音楽] よ [音楽] びき [音楽] のし びき [音楽] のし つき トントくまつき [音楽] トント じ [音楽] そろ や [音楽] ち や
[音楽] ぎ [音楽] ありがとうございますまずは徳島の民用と からお届けしましたえ続いてはですね会場 の皆さんにもね参していいですが先ほどね あの紹介ありました徳島は下です皆さん手 で牛を作っていただけますでしょうか私が ワイドワイドと言ったらワイドワイドで私 に向かって是非声をかけながらよろしくお 願いいたしますえ徳島のワイドという言葉 を使ってオリジナルのワイド島です2に 行きたいと思いますので手をけよろしくお 願いし ます [音楽] さ 島と言えば 思い出すティダヌ輝く青い空エメラルド グリーンの海の色赤く輝く ハイビスカスで見るにはの川だけ寝てる姿 はね姿山行きますよワイドワイドワイド ワイドワイドワイドワイドワイド ワの [音楽] 島島と言えば 思い出す ば島で暮らすおじおば目指せのの 島 ワワワイドワイドワイドワイドワイド ワイドワイドの島ささの島はいいやそそ へい [音楽] ははは歌と言えば 思い出す歌ぬ始まりちかりぶ畑で歌う イブ島の娘が踊り出酒が入ればしがなり 踊れ踊れの ワイド節行きますよワイドワイドワイド ワイドワイドワイドワイドワイドワイド ワイドの島さっさと島はいいやささ続いて 皆さんの大きな声をぜひ聞かせてください それでは大きな声でよろしくお願いします ワイド ワイドワイド [音楽] ワイドワイドワイドの島ささ 島ありがとうございました内町でし たありがとうございまし た いかがでした か徳島から内道男さん赤沢淳さん小だれ今 一度盛大の拍手お願いいたし ますそれでは次は沖の選び島ですご紹介 いただくのは沖ラブ高校1年勝夫りさん です
沖縄ラブは鹿児島市から南へ約52kmの 場所に位置し周囲約 55.861019500346565,-4.248790740966797 亜熱帯の花場長崎選ぶゆりスプレイ菊など の栽培も盛です地下には多数の挿入道が 存在し花と少乳道の島の意を取っています 住み切った青い空と海まばゆい太陽素朴で 熱い尋常はあなたにとって忘れぬ旅の 思い出を演出すること でしょう今回沖を代表してご出演いただき ますのは前田広美さん前田彩子さんそして 劇団選ぶ物語の皆さんですそれではお願い いたし [拍手] ます [音楽] さい ありティ [音楽] なな 勝ち には のむ よな な しばり 花 がす [音楽] り [音楽] もし親 のお [音楽] かぎ 滝 ほどに ほり [音楽] てよか よ 親 の [音楽] 事 しそ に お なすりゆかよらよらゆやらちゃんやら ちゃん [音楽] [音楽] [音楽] sian いのた
からら [音楽] よ耳 に聞き とみ て キ に り すりよらよらよやらちゃんやら [音楽] ちゃん [拍手] [音楽] [拍手] お ありがとうございます選ぶ入りの花です はが よさキ [音楽] が選ぶ ぬアメリカに りく りく [音楽] が がよさの がががよさのががいかに横浜の 波 りく もやりユはしてるなよ島の よファンがよ さが さが ユキム すくすく影にる ステ くださ [音楽] よ [音楽] ミティア ティアぶびの さがよ キ がががりつて足は さつ に [音楽] はが [拍手] どうでした [拍手] か前田広美さん前田彩子さん劇団エブゆり 物語の皆さん沖の選ぶ島の皆さん
ミド 次は与島ですご紹介いただきますのは世論 中学校2年竹本れさん です与論島は奄美群島の災難端にあり沖縄 本島まで約 23.2kmの場所に位置する周囲約 2.7kmの島ですサゴ礁が流してできた 島で白い砂浜と透明度の高い海は東洋の 新珠とも言われてい ますまた条件が揃った時にしか姿を表さ ない 百合ヶ丘多くの方々を魅了してい ます沖縄県との関係も深くさと琉球を融合 した独自の文化を楽しむことができ ます今回与論島を代表してご出演して いただきますのは借吉バンド田端哲彦さん 牧宮子さん ですそれではよろしくお願いし ますはいこんにちは与論島から来ましたえ 軽ですえ7070周年本当におめでとう ござい [音楽] ます海へと 続く 道5月の風に誘われ て 見の夢を 追いかけていたあの青春の日々 [音楽] を 東大御に 流れる雲は 憧れのせて旅行 よ 見上げれ ば休みの空に君の笑顔が浮かん でる 希望に満た 旅立つとに島思いの気持ち 忘れるなよ と酒のみ かわす島口なりで 溢れる心しじみ と変の思い 昔に 帰り今でも胸が暑くんだる よ水か島がどう変わってしまおうとこの島 に生まれてよかったと言いて くれ 愛し され 慰めがたこの島の絆忘れるなよ と 希望に満た 旅立つとに島思いの気持ち
忘れるだよ と [音楽] 赤く 染まる 湯に登りの船が出て 行く昔も今 も変わらず に島を離れて人は旅を するつい時でも心の支えは島 で生きる父母の 方励ます言葉 が心に しみる島で誓った言葉を忘れるなよ と 希望に満た 旅立つとに島思いの気持ち 忘れるな と 希望に満た 旅立つとにし思いの気持ち 忘れるよ と [音楽] [拍手] え旅立ち聞いていただきました え世論の民用の方1つ聞いてくださいぐ変 [笑い] ぐし はい 高 この [音楽] のそれ中に まずすて [音楽] さはい住も の この見た [音楽] それがそれ 紫すて [音楽] さの 変 あ それに それねはい はい [音楽] こののそれ にれ また さや ね
あやげよこの はとそれ あとそれもり また足 ささぞはいはいはい [音楽] はいありがとうございましたありがとう ございまし [拍手] たいかがでしたか世論島カバンド田彦さん み さん一度盛大な拍手をお願いいたし ますそれでは最後に奄美大島ですご紹介 いただきますのはルネサンス高校2年元 ゆいさん です私たちの奄美大島は奄美市達剛町 大和村 村瀬戸内町からなり人口約5万19000 人が住んでい ます多様性と希少性を合わせ持つ自然は 日本で2番目に広いマングローブリや奄美 の黒ウギなどの絶滅が危惧される固有種 など世界に誇る豊かさを持っており 2021年に世界自然遺産登録となりまし たまま島歌や8月踊りなどの伝統 文化本場奄美大島つなどの伝統産業があり 古来より島中たちが大切にしてきた島の 風景や情景を見ることができ ます今回奄美大島を代表しましてご出演 いただくのは2018年世界自然遺産登録 へ向けて制作された楽曲 懐かしい未来へに参加された皆さんにごご 登場いただき ますこの楽曲は奄美大島5市町村で構成さ れる奄美大島自然保護協議会と民間との 連携で紡がれた島々の歌です歌い手に前山 慎吾さん森さん楠田子 さん さん さんさんはめ千歳さんりさんさあなさんが 美奈さん西平セレナさん村山達さん麻さん バックバンドを務められました村松けさん はめ美住と出身 ミュージシャン美オーケストラのんで送り いたし ますそれでは懐かしい未来へお願いいたし [拍手] [音楽] ます 初め て うむの に 懐かし [音楽]
や ぐ暑 さ和らげ も 恋し や 好き かぐ [音楽] 波と風に揺られながらここに 暮らす 日 大好きで大嫌いだったあなたのことしの ことつかめない届かないたどり着かない そのまなざしは海の [音楽] 向こう行き詰まって息をして見開けば 欲しいものは海のここ に晴れて行く そんな 道けもに行く時繋がってく思い螺旋を描く よう にいつかきっとけるず [音楽] 懐かしい 未来 [音楽] え人波と流行にきれながら街を [音楽] 漂う大切なのに忘れてい たあなたのこと島の こと笑わない泣かない生きていないそ迷う 心りつ ない降りたい生きていたいまだ今なら 間に合うか も 巡り ぬくく も 包みこ 山巡りよく夢つがる 夢を登るよ にいつかきっと帰れるはず 懐かしい [音楽] 未来 めてうのに 懐かしよ 山 発さ和らげ ば 恋し や 好き かけ晴て行くそう
な道て行海 周り行く時繋がってく思い 曜日いつかきっと行けるはず 懐かしい [音楽] 未来晴れ てくそ じ てく 周り行く時つがってく思い戦を描くよう に きっと行けるはず 懐かしい 未来 懐かしい 未 [音楽] です [音楽] イエ イエイいかがでした か良かったんじゃ ない森たとさん楠田子さん平田奈さん前山 慎吾さん木南さんあさんはめ千さんりさん 佐あなさんさん西平セさん村山達さん麻 さんそしてバックバンドを務められました 村松けさんはめ奄美在住と出身 ミュージシャン奄美オーケストラの皆さん [拍手] ありがたさて最後に島のお祝いのは6兆 ですこれまでの復帰周年事業で初めて6兆 が行われるのではないでしょうか日本への 復帰奄美への復帰になります皆さんも是非 お席にてお手を待ってくださいそれでは張 お願いし [音楽] [拍手] ます 間のハンター が めでためでたの 若松え てい や がば座れ ばはの 好き だれて では隠れ て れはの 万の針には れる私お前さのに掘れる よい ラ
のい はいくつ か 笑 な 踊り好きなら出て 踊れ後ははぐれて踊ららるよ な あたつの は12先からも呼ぶよいやんなさはいあれ あれ ば滑れ ば まで まで のは の70 [拍手] れれ まで もがる まで ごありがとデート お出演者全員に盛大な拍手をお願いいたし [拍手] ます皆様ご起立願い [拍手] ますせっかくですのでご来場の皆様とに参 を行います未来へのメッセージを担当した 各島々の生徒の皆さんお願いし [音楽] ます奄美群島日本復帰70周年 万歳 万歳 万歳 データラダにミディのト [拍手] ト