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シンザンの先輩で日本競馬史上初の三冠馬であるセントライトに対するみんなの反応集 まとめ ウマ娘プリティーダービー レイミン 競馬 武豊
ウマ娘のやりこみ度と愛情は比例する🤗ウマ娘初心者親善大使のレイミンです!
4月にUFランク達成し、8/27世界初のUEランク達成できました!
12/24には世界初のチームランクUEも達成(アオハルアプデ前に到達した唯一のトレーナー)できたので、これからは更新育成をがんばります
2周目なのでチャンミ育成はゆるくがんばっています
競馬系の動画を投稿していきます
#ウマ娘プリティーダービー #ウマ娘 #競馬
引用 © Cygames, Inc. ウマ娘 シンデレラグレイ
[音楽] 新山の先輩で日本競馬市場発の3官場で あるセントライトに対するみんなの 反応新山の話は結構聞くけど参場として 新山の先輩の話はあまり聞かないもしかし てそんなにすごく ない今年のカレンダーに乗ってたし多分 すごいセントライトはでかくてぼんやりし た馬だったらしい な新山の先輩ってセライトそもそも生き てる人がい 未だにダービーの最大着差体記録持ってる らしいなずば抜けたすさが1個あるわけで はないが成績3寿命と全ておいてに 高い初の3カバって時点でずば抜けて すごい だろ間違いなくすごい存在だけどすごさを 当たりにした人はもうほとんど生きて ないセントライトやクリフジ知ってるのは 一番若くて大川刑次郎くらいの世代だから な 1941年って太平洋戦争始まった年じゃ ねえ か戦績の安定感からして現役当時の中じゃ 抜けて強かったのは間違いない2年後の クリフジがインパクト強すぎてこの時代の 話題になると思っていかれてる気は するクフはダービーで1回転して出遅れた とか1ハロン級秒台出したとか伝説的 エピソードが多 すぎる80年頃まではまずダービーの出走 数がってるのでそれを勝てただけでも すごい単純な能力比較は各時代でありと あらゆる要素が違うから 無理セントライトの直径って今もいる のセントライトどころか新山もいないよ セントライトと新山で20年開いててシー ビールドルフがその20年後だ もの昔のダービーは映像の荒さに加えて数 多すぎてなんの何ってなるあとあはカラー 映像残ってるやつだと芝が終わりすぎてる 色してて笑うしかない今でさえ3巻レース 全部でいいコンディションを保つのは大変 なのに当時の環境で3巻勝利を成し遂げた のは馬も陣営もすごいよ1番の問題は生で 見てたやつもうそんなに生き残っちゃい ねえよってとこだと 思うセントライトも長生だったぞ3場が 行き続けてるって歴史はセントライトや 新山ルドルフが長生だったからだし新山も 今生きてた暦近いから走ってたのを競馬場 で馬券買って見てたのは80歳くらいの人 だ新山より昔の馬は神話の イメージ新山ですら古いのにセントライト はもう歴史レベルなんだ
よセトライトは歩いて移動したとかもう 時代が違いすぎるの よみほから歩いてみほなんてないぞ東京 競馬場から横浜競馬場まで徒歩でく時間だ ちなみに普通の馬なら8時間らしいけど セントライトはのんびりやだから9時間に なっ たこ大川さんでもいや私見てませんからね みたいなネタにしてた存在だからなむしろ 今語れる人いたら逆に怖いよ新山先生の 消えるレースは本当に消えてびっくりした 映像見られるっていいねセントライト記念 の互感の良さ 好き競争成績見たら4月4週から5月3週 のダービーまで連してるんすけどいいんす か これレースそのものがトレーニングやって 時代だからねその 辺り当時ならまあ珍しくもないというか 連投どころか仲良くかすらあるよ野球の 初代3官王中島春安もあんまり語られない しそもそも時代が古すぎて話自体も あんまり残ってなかったりするのが少なく ないよねトレセがないから火でもなんでも なくレースが京だった時代だ 練習施設がないから走らせないとやる気 なくしちゃうからたくさん走らせた方が 良かった時代今はトレーニング施設で練習 しまくって賞金でかいレースだけ出す方が 効率強いよねってなった だけ新山は歴史だけどセントライトはもう 神話なのよ ねスピ の父がセントライトなのでスピの子供が 繁殖で頑張れば一応うちは 残るこの辺りになると動画とかでの解説も ほとんどないし大体限られた情報ないの ものしかない な時のみノるの頃には予想かやってた大川 慶次郎が見たことない時期の馬さんだから な映像残ってれば100年後にも残せるの は良い時代になった な海外の馬とかどうやって情報そんな残っ てたんだろって毎回思う1800年代のと か さ筆まめな人がいたかどうかいから残って た この馬とこの馬を掛け合わせたら杖馬が できるとかやってたイギリスの人に感謝 ですわ 本当血闘の記録がきちんと残ってるの偉い わセントライト時代のダービーの映像見 たらゲートがなかっ たガっちゃんするゲートが日本で使われ 始めたのは60年代
から視線機種の情報が残ってなさすぎて ライターが必死に取材し続けてようやく 色々明らかになったとかもあったよね昔の ばつい先日昔の優秀でセントライトについ てなどの諸々を目にする機会があったので 語り たいセントライトというかセントライト 周りになるのかな見たやつでは横浜での サキ賞が終わってダービーへ向けての特集 だったその中では後に大花賞になる中山4 歳牝馬特別を参戦3勝で突破したブランド ソウルと戦闘ライトが目玉になっていた 大体はブランドソウルが優位の見方をし てるのが多く見られて牝馬でも有力しされ るって昔からあったのねとは思ったま結果 はセントライトが8馬審査で圧勝ブランド ソウルは7着に沈んだのだ がかの有名な現在になっても抜かれてない ダービー最高着さかこれで面白かったのが ダービー後にセントライトの安城小西 ジョッキーのインタビュー記事だったんだ よなスタート後には前目につけて良い感じ だったんだけど実は道中結構かかってた らしいで3コから4コーナーにかけて 抜け出しにかかろうとしたら神thous と呼ばれる馬が凄まじい勢いで外から来て まずいな前につけすぎたなと思ったらしい が腹をくって追い出したら結果は楽勝本人 曰く両婆ならもっと差がつけられた楽勝 でしたよとジョッキーの想定のはか上を 行く馬だったのが語られてたブランド ソウルは出遅れかましてババで内側に 閉じ込められて8番手で進まざるを得 なかったので結果7着だったらしいまあ 両馬ならブランドソウルも強かったがババ の時点で結構無理だったんだろうとは思っ たこの時代の栄養や育成のレベルが全然 違うので小さいのが基本な日本場のくせに 現在のサラブレッド平均対抗よりでかい 164cmは本当にバグなの よ最初はこんなでかい馬走らないだろと 思われてたってのはどっかで見たな ダービー5の時点の優ですでに3巻映3場 について触れていたのでかなりの機体が セトライトにはかかっていたんだと思う その後は思ったよりあっさり3巻達成の 生地が出たんよね引退については金量の 影響があった感じではあったどちらかと いうとその血を継いでいくための決断とも 取れるようにも見え たその決断がなかったらワンチャン スイープ投が存在しなかったのでかかった な金量が現代だとありえない数値になった んだっ け確か72kmだよな
まあそれでも60kmレベルなら余裕で 買ってたあたり頭おかしいんだ が馬娘の解説動画もあげてるので他の動画 も是非見てくださいのだ是非高評価 チャンネル登録お願いしますなのだ最後 までご視聴ありがとうございましたの [音楽] だ
シンザンとかセントライトみたいなレース名に名前付く馬そろそろ欲しいわ。ディープインパクトはレース名長すぎて結局弥生賞て呼ばれるし。
卒論で三冠について調べたんだけど、セントライトの三冠達成は三冠レースが出そろってすぐで権威が確立されてなかったり時勢の影響もあったりであんまり盛り上がらなかったらしい(菊勝った時よりダービーの時のが盛り上がったとか)
三冠の価値を示した存在としては恐らくシンザンの方が大きい
当時の主流血統調べたらハイペリオンとトウルビヨンらしいのですが、ウイニングポストの1973年シナリオでもこの2頭自身の名前は血統表の右端でたまに見る程度なので戦前の競馬はもう神話の時代だと思います。
時折バグみたいな🐴が出てくるのが
おもろい
極近ではイクイノックス……で良いかな?
・普段はズブいが温順で非常に扱いやすい
・競り合いにはかなり強く闘争心も強い
さらにどの位置からでも勝負ができた
三冠馬になったのも頷ける強さよね
某ゲのステだとシンザン(102)、クリフジ(101)、トキノミノル(101)、
セントライト(99)、ルドルフ(99)、マルゼン(99)、ディープ(99)
セントライトを当時、三冠達成した瞬間をリアルタイムで観た方が居たらお話を是非聞いてみたい!まぁ…難しいことを承知の上で。
『ファイブスター物語』で言えば超帝國剣聖だな。
古いエピソードが掘り起こされていく様はワクワクするが、もう2.30年早ければ・・・・。という後悔もつきまとう。何にでも。
そりゃレースの名前にもなるよなって馬の内の一頭だよね
ディープインパクト見てるか
初代様は日本競馬の歴史そのものだから・・・
血統内に名前残ってるんだすごい
有馬記念とか始まる前の馬だからねえ、ハクチカラとかでも十分神話なのに、でも、マジでかっこいい名前の馬だよねえ・・・
クラシック三冠馬の直系で後継が残ってるのは
ディープインパクトだけだなぁ・・
井崎脩五郎氏が自著の前書きに少年時代に戦地から帰ってきた叔父さんが目を輝かせて
セントライトについて語ったのが競馬に興味を持ったきっかけというような記述があった。
その本の内容は覚えてないけどそれが印象に残っている。
ウマ娘の世界にもセントライトとシンザンは居るっぽい。
登場したらどうなるのか楽しみ。
セントライトの親父殿のダイオライトなら血統残ってるんだっけか。
あのスイープに受け継がれていたとはな─────
水ダウとかでたまにやる高齢の方で偉人を生で見たこと有る人を探すみたいに、セントライトを生で見たこと有る人か、生で見たこと有る人に聞かされた人を探す見たいな企画をすればワンチャン見つかるかも知らんかな?
シラオキ様と同郷(今は亡き馬産地としての小岩井農場)
確かデカすぎる馬は競走馬になれなかったみたいだけどセントライトが競走馬になる辺りに規約が緩和され無事競走馬になれたってのをどっかで見たような
ウマ娘化したらトレセン学園初代生徒会長になってそう
追えないよ… お爺ちゃん下手すれば曾祖父ちゃん世代だ
重 戦 車
小岩井農場で生産された馬 父のダイオライトは船橋競馬場の重賞ダイオライト記念として馬名が残ってる(ダイオライトの記念碑は三里塚記念公園に残っている) 馬主が東京大空襲で亡くなってるんだよね・・・