【競馬の反応集】「ここだけ競走馬のどうでもいい知識が集まるスレ」に対する視聴者の反応集

【競馬の反応集】「ここだけ競走馬のどうでもいい知識が集まるスレ」に対する視聴者の反応集



今回は「ここだけ競走馬のどうでもいい知識が集まるスレ」に対する視聴者の反応集について紹介しました。

引用

ここだけ競走馬・名馬のどうでもいい知識を
https://bbs.animanch.com/board/700737/

©Cygames, Inc.

Twitter:https://twitter.com/nazoruadmire
Mail:nazoruadmire@gmail.com

※本動画では、フリーBGM
https://amachamusic.chagasi.com/music_retroparty.html
を使用しています。そのほかの楽曲は一切使用していません。

ここだけ競争場のどうでもいい知識が 集まるすれに対する視聴者の反応集ここ だけ競争場名馬のどうでもいい知識を 吐き出していくすれ果てしなくどうでも いい豆知識からマイナーすぎる豆知識でも 良いですカラギエースの正観帯は目の下 でかくて白すぎる馬が苦手でレースで見る と調子を崩す馬がいるそのでかくて白 すぎる馬は守バイン対後に上場になる どころか人のっけたまま寝ようとする くらいのマイペースでのんびりや スペシャルウィークの作破壊癖はサンクに 遺伝するサンクのリーチザクラウンの作破 壊壁に関するエピソード経由でスペも実は そうだったと語られてるねタモクロスが 血闘票にある馬がG1を買ったのは ナランフレグが最初エフフォーリアと ダノンザキッドはデビュー前に同じ育成級 者で育てられ一緒に反論をかけ上がってた 和田竜種の東京競馬場での初勝利はオペラ 王の天皇賞明決して重賞初勝利ではない ちなみに和田竜機種の東京競馬場の2勝目 は京王杯3サステークスg2TM サウスポー3勝目はジャパンカップG1 TMオペラをまあなんというか重賞しか 勝ってない時期があった似たのでは熊沢 機種がコスモドリームのオークスで東京 競馬場初場でG1初勝利大有作の有馬記念 で中山競馬場初場でG1勝利中山競馬場に 至っては当日道に迷ってしまったほど土地 感がなかったためどちらも遊びに行った 感じだったという福長洋一機種は上馬外の スポーツが点でダメだった横にいた岡部 機種や柴田機種が爆笑するほど逃こち なかっただからこそあの2人が1番うかっ たというレベルで気場していたのが不思議 でたまらなかったとのこと竹豊かは人参が 嫌い馬の食べ物だからという理由弟さんも 人参は嫌いだとか昭和63年車番付け第7 位竹豊か二十歳成り立てほやほやですなん ならちょっと前まで未成年やってます エルコンドルパサー引退時に58万円する エルコンドルパサーの石造が発売された 購入者がいたかは不明実はディープ インパクトは軽いだけで対抗は164cm でこれはロードカナロアやエシフラッシュ と同じステゴールドは駐車が大嫌い大暴れ するので獣医は命がけだった反面ステゴ サンクの仲山ないとは大人しく治療も素直 に受けてくれるのだというディープ インパクトは子供舌風呂苦手でいつも ふて寝する皮膚が薄いくすぐったがり体質 だからブラッシングもきつくて毎回暴れ たくても我慢していてその時めっちゃ変な 顔する現役時1度も宝木出されたことが

なく全部JRA所属の施設で過ごしていた でもストレス感じたことがないらしい引退 した後宝木されたことがないから何すれば 良いか分からずうろうろしててひたすらに 走りまくってたこんだけの情報どこで集め たんだ大体いんな書籍や雑誌インタビュー 番組の内容ですね食生活に関しては インタビューと調教女主産の本から関係者 の話やテンションの話なら関係者の インタビュー記事&衝撃の彼方キム員関係 の話はネット新聞の記事他にも実際は かなりメンタル弱々で今負けた後観客の テンションを理解しすっっごく落ち込んで て陣営はメンタルケアを最優先にしたや師 は26有馬記念の時バズーカ持って関係者 席でディープ撮影しまくってたダービーの 時京急者は1度もダービー取ったことが ないから盛り上がってテンションマックス 前日全員焼肉食ってたなんて話がある メロディレーンは生産牧場でバウバウ ちゃんと呼ばれていたしかしなぜその あだ名になったのかは不明 馬重G1勝利場は大阪杯のラッキー ライラック520ボバ軽量G1勝利場は 朝日杯のドリームジャーニー416で ドリームジャーニーは有馬記念勝利場とし ても最計量426だったゴールドシップは フランスでの京中に崖の手前で立ち上がっ たので乗ってたのりさんは死を覚悟した なお並走してたジャスタウェイは唯一にた 引かれるまでもなく自分で止まった日本3 のBC競争初勝利はカラコンティのbc マイルフランス京場で母がバゴと種付け するために来日した時に生まれたコン トレールの大山ヒルズのスタッフからの 呼び名はこんちゃんノースヒルズ関係者 からはもしもし君ノアだで呼ばれた ビルサービス株式会社 [音楽] ある意味どうでもよくはないがあいちゃん の母親のふパンドラはラストランの有馬を 寝違えで出走取りやめてそのまま引退して 繁殖に行ったザレジェンドに使用された 楽曲は明確にCMのために作られたと音源 化された曲は少なくとも語られてるソース があるただしTMオペラ王に使用された リリーだけは名言されていないグリーン グラスがキカ賞に出られるかもしれない 回避町となった時安田とはその可能性だけ で大喜びし出走が決まってないうちから 自宅に知人を呼んで派手に前祝いをしてい た部屋には色取り取りの結果が飾られ築地 から魚を仕入れてい前も呼ばれたという スーパークリーク5の配合を考案したのは マネル軍団の総水子と岡田幸市その円で

クリーク気場を竹豊かが決めた際に自身が 運営するクラブ所有場マネルフリッセの 出走事体を表明クリークは抽選なしでの下 賞出が叶ったジャスタウェイと フェノーメノとカレンブラックヒルは同じ 育成級者ジェンティルドンナはその隣の 育成級者で育てられたため別の牧場で育成 されたゴルシは割と特殊なポジション競争 場の首筋には個体式別用のマイクロチップ が埋め込まれているが日本で初めて入れた 馬はディープインパクト凱旋紋章の出走に 必要だったため令は生まれ初の重賞価値馬 はウォーターナビレラファンタジー ステークス道場県のハジワンバは同 ビュース朝日杯 フューチュリティステークス 新山は餌は混ぜずに種類ごとに分けて幕の 内弁当にしないと食べないというのは有名 な話だが若駒時代に生産者の板橋夫妻と 年末年始は一緒に年越しそばと餅を食べ たってエピソードはあまり知られていない 掃除機で座れるのが好きな馬は結構いて エピファネイアディープインパクト アグネスタキオンなどが好きだと語られて いるアグネスタキオンはバボでは掃除機に 座れてるし犬みたいな声で会場の最速を する当時の所属場で1番うるさいとのこと シバ時代デュランダルとアドマイヤ ジャパンは2等だけ馬防が隔離されていた 理由はデュランダルが1番狂っていて アドマイヤジャパンが2番目に狂っている から

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  1. バックパサーは非常に大人しい馬で「子供が曳いても大丈夫」とスタッフに太鼓判を押された
    なお気性はわがままオブわがままで調教は大嫌いだから基本的にしない(できない)けど地力がアホみたいに高いからレースには勝っちゃうしゴール板の手前では「もういいだろ」と言わんばかりに露骨に緩めるから陣営は苦労したそうな
    なんで男子中学生が考えるようなキャラが実在してるんですか(真顔)

  2. ミホノブルボンはイタズラ好きでキカン坊だが、フジヤマケンザンには頭が上がらず、隣の馬房にいると大人しい良い仔になる。
    フジヤマケンザンはマジメで素直でおおらかな性格でミホノブルボンに絡まれても気にしていなかった。
    彼らは夏の放牧は一緒に行き、一緒に帰って来ていた。(by 彼らが一緒に静養していた吉田牧場で伺ったお話)

  3. ウマ娘になった馬たちの戦績を見るとハルウララの113戦がとても多く見えるが、最多出走記録として見ると全く記録には届かない。TOPは同じ高知競馬所属だったセニョールベストの409戦。(参考記録として国営時代に476戦したコガネマルがいる)何なら、中央所属のまんまで127戦したハートランドヒリュがいる。113連敗の連続敗北記録も同様で、ダンスセイバーの229連敗がTOPで次に192連敗のマイネアトリーチェ、3番目に179連敗のカンムリホルダー。4番目に165連敗のエリザベスクィーン、そして5番目に161連敗のハクホークインとTOP5にすら入れていない。、

  4. ジャスタウェイの母・シビルが死んだ時点で受胎していた最後の仔の父はゴールドシップの父・ステイゴールド。

    無事生まれていたら話題になってただろうなぁ。

  5. ・オーギュストロダンはデビュー戦以外勝つか二桁着順しかとったことがない
    ・ジャスタウェイは母シビルが高齢出産で生まれたためか5代血統表にネアルコとハイペリオンという1930年代の馬が出てくる
    ・ディープインパクトとレイデオロとバーイードは同じハイクレア系。なのである意味親戚同士。(サラブレッド皆そうだろとか言うな)
    ・「コントレイル」という名前の馬は日本と海外合わせて過去に17頭いた。
    ・母の名前に「ロード」が入っててライアンムーアが乗った事があってダービー勝ったディープ産駒。ここまでオーダーしてもオーギュストロダンかコントレイルか絞れない。
    ・マンハッタンカフェとサンデーサイレンスは見た目がそっくりで有名だが、馬体重はカフェの方がだいぶ重かったりする。
    ・現役時代は何もかもが正反対の境遇ゆえライバルとして人気だったサンデーサイレンスとイージーゴアだが、グッズはサンデーの方が売れた
    ・三冠馬対決があった国は世界でも3カ国だけしかない。
    この辺かな知ってるのは

  6. ・JCに出走した馬の中で最もG1勝利数が多いのはアーモンドアイではなくジョンヘンリー(16勝)
    ・アーバンシーの最初のオーナーは日本人だった(デビュー前に破産してしまったので香港の実業家が引き継いだ)
    ・史上唯一の芦毛ダービー馬ウィナーズサークルは史上唯一のダービーが芝初勝利のダービー馬でもある
    ・デビューした年に年度代表馬になったのはマヤノトップガンが唯一
    ・ハーツクライの毛色登録は鹿毛だが募集段階では黒鹿毛だった
    ・武豊が全戦騎乗したG1馬は5頭いるが牝馬はエアメサイアただ1頭
    ・ソウルスターリングはフランケル産駒で全世界最初のG1馬
    ・初ブリンカーでG1を勝った馬はいないが2回目で勝った馬はいる(アルアイン大阪杯)
    ・栃栗毛という毛色は海外には存在しない

  7. The LEGENDの楽曲はそもそもフルがないのもあるからうっすらそう思ってたけど本当にそうだったのか

  8. 身体もㄘんㄘんもまだまだ成長してると前川さんにばらされたドウデュースくん

    今思うとドバイの伏線だったのでは

  9. ハットトリックは05年のマイルチャンピオンシップでデュランダルとダイワメジャーの同一G1三連覇を打ち砕いた

  10. ラスカルスズカ号(コンバットスズカ号)はデビュー数戦はよくパドックで嘶いてお腹が空いたのか近くの草を食べてた上、返し馬が最後になった時寂しがって再度嘶いてた

  11. 海外G1制覇後にステップレースを挟まず国内G1初戦を制覇した馬は両手で数える程度しかいない

    その中で最も休養期間が短いのはリスグラシューの61日(コックスプレート→有馬記念)

  12. 削蹄、装蹄中のセイウンスカイは金槌を舐めさせておくと大人しく作業させてくれた

    怪我で引退したドゥラメンテ
    治療時に他の治療薬との兼ね合いで強い痛み止めが使えなかったが、種牡馬お披露目の時に併用する薬がないので強めの痛み止めを使ったところ、慢性的な痛みが消えたと思ったのか文字通り飛び跳ねて喜んだ

    繁殖牝馬になったスイープトウショウは初仔が産まれた後は超攻撃的な性格になり子離れの時には嗎きまくり子供を探し続けたが、5回目の出産後から放任主義になった

    理事長の頭の上にいる猫のモデルはノーザンテイストと仲の良かった初代牧場猫のチビ
    2代目はトウカイテイオー担当さんのご自宅に迷い込んだハテナ(後ろから見たカギシッポと✳︎が?に見えたから)
    3代目はナリタトップロード以外の馬には優しいが何故かナリタトップロードに会うと常に猫パンチを食らわせ続けていた
    その名も「ジェイソン」

  13. 今のYogibo営業部長ぶりを見ていると、ジャパン君の種牡馬時代のエピソードがマジで信じられない。去勢のおかげとスタッフさんは語っていたが、オジュウなんかを見るに、やっぱりヴェルサイユの環境も大きいんだろうな。

  14. 中山競馬場が大っ嫌いなダノンザキッド
    ちなみにここへ遠征すると決まって飼い葉も残すのだとか

  15. ニシノデイジーは障害挑戦当初、横木(地面に並べた丸太)1本すら跨いでくれなかった
    (2023.5優駿の高木先生のインタビューより)

  16. ピルサドスキーがジャパンカップのパドックでご立派して以降、馬っ気を出す事をピルサドスキーすると言われるようになったって本当?

  17. あれだけ種牡馬時代は狂犬扱いされたジャパン君が他の馬と一緒にいれたり大阪で問題なくイベントをこなせたのは、一言でいうと「教えてもらえなかった」ってのが大きいらしい
    去勢の影響もあるだろうけど乗馬リトレーニングを介して我慢する、いう事を聞くそこから馬にも人にも愛される事を覚えたのかもしれない

  18. ブラッシングが嫌だから変顔するけど暴れないし
    負けた有馬で観客の反応理解してしょんぼり
    するしやっぱディープはお利口さんなんだなあ

  19. 具体的に146日ぶりと数えなくても良いのに…と思ったオーシャンの秋華賞勝ち鞍に対する実況💦

    お父さんが子供を引き連れてやってきた感のあるヒシアケボノのスプリンターズステーク😅

  20. ソダシがレース時に着用していた白い腹帯は鞍上の吉田隼人がソダシだけに取り寄せたもの。
    鞍上が交代されてから引退までの2戦、
    腹帯は黒になっていた…

    鞍上の愛が深い…!

  21. 現在調教師の武幸四郎氏
    78年11月3日生まれだが、約10日後の12日に父のタケクニ先生が菊花賞3勝目を挙げた(騎乗馬インターグシケン)ため
    当初、名前が菊三(きくぞう)になりかけてた
    お母さまが「そんな落語家みたいな名前いやです」とごねたおかげで無事幸四郎に

  22. ゴルシの有馬記念で大出遅れをかましたルーラーシップ、実はこの大出遅れには前話がある。なんとルーラーシップ、この年の有馬前の秋王道G1(天皇賞・秋とジャパンC)も出遅れて3着になっているのだ。つまりは、秋古馬三冠レース3つとも出遅れ3着になっているのだ。有馬のスタート後ゲート裏で管理している角田調教師が(やっぱ駄目かぁ……)と項垂れているのが激写されている。ちなみに、この秋古馬三冠レース3つ全て3着は初めての記録というわけでもなく、1986年にミホシンザンがその前走の毎日王冠合わせて4戦連続3着している。(ミホシンザンの場合故障明けで調子が整わなかったことが原因と考えられている)

  23. 三大始祖の1頭であるバイアリーターク
    実はこの馬、ブダペストの戦いでイギリス軍のバイアリー大尉がオスマン帝国軍から奪い取ったものだった

  24. ディープスカイは馬房でトイレする場所が決まっており、おしっことボロで場所を分けるくらいには几帳面だった。

    あと同じ厩舎の牝馬に想いを寄せていた(後にその牝馬に種付けさせて貰えた)

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