主さん知らない?本当に?まあいいや 私は小学生で冬休み最後の日だった気がする。我が家唯一の娯楽媒体のテレビにかじりついてた。で、あの頃「帰ってきた酔っぱらい」って歌が有ったけど、あれってフォークル(解るかな?)のお兄さん達が学生集会に行った体験談だと思うんだよな~。最高まで見たら日にち間違えてた、小学生の記憶力舐めてくれ。m(_ _)m
死んだ親父も当時ここにいたらしい当時の大学生は学生運動やっていればモテたそうで、大半の学生はファッション学生運動w主義主張なんて二の次、お祭り感覚で暴れ回ったそうな…催涙弾は本当に目が開かないと言ってたw
ちなみにこの年の5月、駒場キャンパスで、東大全共闘と三島由紀夫さんとの討論が行われるのですが、三島さんの理路整然とした答弁とその鍛え上げられた肉体に圧倒され、息巻いていた全共闘のお坊ちゃま達は、グーの音も出せなかったそうです。
始まりは、医学部の学生が 政治活動に参加した、と留年させられた→ でもそもそも 「その場所に行ってなかった」。誤認であると説明したが いかにも日本的な "もう決まったことだから変えられない"と大学側は回答はぁ? 正しいものは正しいというのが 学門で・最高学府なのに何言ってんの!――というのが始まりだよ それが "どしたん?→ いやこうなんだよ→ うわマジ?(酷いね)"という「共感」によって拡がっていったただ学生も大人も譲らず、始まってしまうと どんどんエスカレートするのは "運動"の常。そして始めた東大生は ほぼ逃げる 実は 意味不明な厳しい校則って この事を元に組み立てられたんだよね、"二度とガキどもに反抗させないように"って。マジで団塊の世代って その後に迷惑しか掛けてない、切除したほうがいい世代なんだよ 下の世代はもちろん 上の世代にまで影響は甚大だからね。アニメの富野・宮崎も 自分が(すごい・歴史的なこと、という意味で)革命したかったのに 年下にやられた!ってことでいつまでも他人に気を許さずに "自分で全部やる"自分だったらもっと上手く出来たと証明しようと "文句が付けられないよう、異常な執念深さを見せる"「自分は良くも悪くも自分だ」と諦めたり・手放すことが出来ない=大人に成れない人のスタートは そのように始まるんだよね。
この事件を含めた一連の『学生運動絡みの大事件』は、後の若者文化に絶大な『悪影響』を与えています。折角、『俳句や川柳に始まる日本ならではの創作文化』が、「プロテストソング」を経た「シンガーソングライター」と言う『若者達の表現手段』になれたのに、ギターを抱えていた上の世代の大学生どもが散々バカをやらかしたもんだから、後を継ぐべき下の世代の高校生達が萎縮させられてしまい、今日では当たり前になった「若者の素朴な心情を素直に歌う楽曲」や、「反体制ではない自己主張を持つ楽曲」を自由に作れなくなったんです。もしも吉田拓郎さんが「プロテストソング」と絶縁していなければ、今日の「シンガーソングライター文化」は『学生運動絶滅の道連れ』にされていたでしょう。二〇〇〇年代辺りまで、「若者が作詞作曲した著名な卒業式ソング」が登場しなかったのもその影響で、ゆずやスピッツに代表される『高校生活を楽しむ楽曲』を作るのは『悪』だと言うおかしな風潮が定着させられてしまい、『体制的な学園への反発』と「反戦歌」が組み合わされた事から、「散る桜に男女の別れを擬えた今日的な感覚で聴ける桜ソング」ですら、TV番組に使われた「地名ソング」の要素が強い福山雅治さんの《桜坂》の大ヒット以前には、NSPの《弥生つめたい風》しか『シングル曲の前例』がありませんでした。それが、二〇〇〇年代以降になって、大量の「桜ソング」が『狂い咲き』した最大の理由です。また、それは「青春学園マンガ」や「青春小説」の健全な発展も阻害しており、今日のラノベ作品やその影響を受けたアニメ作品が、「SF物」やら「ファンタジー物」の助けがないと『売れる青春物』を作るのが難しい遠因にもなっています。ファンなら誰もが名前を知っている著名な「青春アニメ物」も、学生運動が『社会悪』にならなければもっと早くに誕生していたかも知れません。
こいつらベビーブーマーの世代のやつら、特にこいつらが今でも日本に仇なしてるんだよな~学生運動で就職できなくて流れたのが、弁護士・研究職(主に文系)・マスコミ・・・こいつら日本嫌いなくせに日本で最も利益を享受してる!で、年金は圧迫するわ、数の暴力で政治を変な方向に持っていこうとする!本当に早く死に絶えてくれ!最近の若者が賢いのだけが救いだな!
大河ドラマ「天と地と」の合戦シーンが好きな小学生だった。東大紛争とかあさま山荘事件とかのニュースも同じ気分で楽しんでた。機動隊が過激派を制圧するのを歓声あげて見てた。成田闘争の頃には過激派やマスコミに怒りを感じて苦々しく見るようになった。
安田講堂の盾子守で東大生が少なかったのは、「将来有望」だからと外された&逃げ出したという…(警察も見逃した)他大学の『外人部隊』に貧乏くじを引かせて、自分たちは安全圏へと当然のように逃げ出す。『優秀』なんじゃろうね。この時の行動をみてると、旧軍の大本営参謀を思いだします。東大というのは高級官僚の養成機関ですが、責任をとらない体質というのは根深いのかもしれません。
問題の発端のインターン制度「自体」はこの時に無くなりましたが今でも「それに近い慣習」(若手の医者を悪条件でこき使う)は残り、問題となっています。「いささかやりすぎた」感は否めませんが、インターン制度を廃止させたり、自治問題を提起したり、一定の成果はあったとみるべきかと思います。一方某党系の「民青」はその後もしぶとく残り、1980年代でも大学内の部活動(サークル活動)を対象に強制的なデモ人員徴収とか「ろくでもないこと」をしていた記憶があります
舞台を国会ではなく大学の講堂にしてる時点で、腰抜けのガキ集まりでしかなかったね。 大学はあくまで、勉強するところですよ。 当時から日本の大学って、その機能を失い、幼稚なユートピアでしかなかったのかもしれませんね…。
今まで安田講堂事件って安保闘争とかの一部だと思い込んでたが、医学部生に絡んだ問題が引き金だったのか学生運動って一足飛びに天下国家を論じるような、地に足がついてないものだとのイメージがあったが意外と(学生にとっては)身近な問題も含んでたのな
これとグループサウンズやフーテン族が同時代ってのが最高に60年代って感じ
主さん知らない?本当に?まあいいや 私は小学生で冬休み最後の日だった気がする。我が家唯一の娯楽媒体のテレビにかじりついてた。で、あの頃「帰ってきた酔っぱらい」って歌が有ったけど、あれってフォークル(解るかな?)のお兄さん達が学生集会に行った体験談だと思うんだよな~。最高まで見たら日にち間違えてた、小学生の記憶力舐めてくれ。m(_ _)m
死んだ親父も当時ここにいたらしい
当時の大学生は学生運動やっていればモテたそうで、大半の学生はファッション学生運動w
主義主張なんて二の次、お祭り感覚で暴れ回ったそうな…
催涙弾は本当に目が開かないと言ってたw
身体は大人、心は子供の反抗期
お待ちしておりました‼︎ズサ━━━━⊂(><。⊂⌒`つ≡≡≡━━━━!!
すき家の会長
くだらないことで騒いだものだ。何のレガシーもない
自分は学生運動はリアルでは見ていないけど、大友克洋氏は世代だったためにAIKRAをはじめ多くの漫画でモチーフにしていますね、東大紛争でAIKRAが目覚めなくて本当に良かったw
たまにテレビとかネットとかで これの片鱗を感じる時がある 駄々こねればなんとかなるみたいな不快感
特に政治問題とか
団塊のお祭りw
「鬼の第四機動隊」、なんて言い回しを覚えてしまった幼稚園時代。仮面ライダーに出てくる悪の秘密結社って、どーみても過激派のアナロジーだよね。
文革の時期と重なるが、その影響はあったのだろうか。
さすが東大生、立ち回りスマート。馬鹿を見たのが他大学からきた助っ人。
ちなみにこの年の5月、駒場キャンパスで、東大全共闘と三島由紀夫さんとの討論が行われるのですが、三島さんの理路整然とした答弁とその鍛え上げられた肉体に圧倒され、息巻いていた全共闘のお坊ちゃま達は、グーの音も出せなかったそうです。
始まりは、医学部の学生が 政治活動に参加した、と留年させられた→ でもそもそも 「その場所に行ってなかった」。
誤認であると説明したが いかにも日本的な "もう決まったことだから変えられない"と大学側は回答
はぁ? 正しいものは正しいというのが 学門で・最高学府なのに何言ってんの!――というのが始まりだよ
それが "どしたん?→ いやこうなんだよ→ うわマジ?(酷いね)"という「共感」によって拡がっていった
ただ学生も大人も譲らず、始まってしまうと どんどんエスカレートするのは "運動"の常。そして始めた東大生は ほぼ逃げる
実は 意味不明な厳しい校則って この事を元に組み立てられたんだよね、"二度とガキどもに反抗させないように"って。
マジで団塊の世代って その後に迷惑しか掛けてない、切除したほうがいい世代なんだよ
下の世代はもちろん 上の世代にまで影響は甚大だからね。
アニメの富野・宮崎も 自分が(すごい・歴史的なこと、という意味で)革命したかったのに 年下にやられた!ってことで
いつまでも他人に気を許さずに "自分で全部やる"
自分だったらもっと上手く出来たと証明しようと "文句が付けられないよう、異常な執念深さを見せる"
「自分は良くも悪くも自分だ」と諦めたり・手放すことが出来ない=大人に成れない人のスタートは そのように始まるんだよね。
エリートだった大学生がマス化して、その特権的立場が無くなる事に対する憤懣が原因なのではないか?
テロリストと変わらないんじゃね?
てか其の物だろ
戦わなければ権利は得られない。素晴らしい活動です😊さすがです
この事件を含めた一連の『学生運動絡みの大事件』は、後の若者文化に絶大な『悪影響』を与えています。折角、『俳句や川柳に始まる日本ならではの創作文化』が、「プロテストソング」を経た「シンガーソングライター」と言う『若者達の表現手段』になれたのに、ギターを抱えていた上の世代の大学生どもが散々バカをやらかしたもんだから、後を継ぐべき下の世代の高校生達が萎縮させられてしまい、今日では当たり前になった「若者の素朴な心情を素直に歌う楽曲」や、「反体制ではない自己主張を持つ楽曲」を自由に作れなくなったんです。もしも吉田拓郎さんが「プロテストソング」と絶縁していなければ、今日の「シンガーソングライター文化」は『学生運動絶滅の道連れ』にされていたでしょう。
二〇〇〇年代辺りまで、「若者が作詞作曲した著名な卒業式ソング」が登場しなかったのもその影響で、ゆずやスピッツに代表される『高校生活を楽しむ楽曲』を作るのは『悪』だと言うおかしな風潮が定着させられてしまい、『体制的な学園への反発』と「反戦歌」が組み合わされた事から、「散る桜に男女の別れを擬えた今日的な感覚で聴ける桜ソング」ですら、TV番組に使われた「地名ソング」の要素が強い福山雅治さんの《桜坂》の大ヒット以前には、NSPの《弥生つめたい風》しか『シングル曲の前例』がありませんでした。それが、二〇〇〇年代以降になって、大量の「桜ソング」が『狂い咲き』した最大の理由です。
また、それは「青春学園マンガ」や「青春小説」の健全な発展も阻害しており、今日のラノベ作品やその影響を受けたアニメ作品が、「SF物」やら「ファンタジー物」の助けがないと『売れる青春物』を作るのが難しい遠因にもなっています。ファンなら誰もが名前を知っている著名な「青春アニメ物」も、学生運動が『社会悪』にならなければもっと早くに誕生していたかも知れません。
東大紛争ってどんなのか興味あったので知れてよかったです。
ああ、小学校の裏の大学が機動隊とぶつかって催涙弾のガスが小学校に流れてきてみんな保健室行きになったなあ!
「テロリストでも立て篭もった? うんにゃ学生だよ!」
いや、その学生がテロリストやんか!
こいつらベビーブーマーの世代のやつら、特にこいつらが今でも日本に仇なしてるんだよな~
学生運動で就職できなくて流れたのが、弁護士・研究職(主に文系)・マスコミ・・・
こいつら日本嫌いなくせに日本で最も利益を享受してる!
で、年金は圧迫するわ、数の暴力で政治を変な方向に持っていこうとする!
本当に早く死に絶えてくれ!
最近の若者が賢いのだけが救いだな!
こういう世代が「最近の若者は…」とか言って批難してんの何様なんだろうな。
年食って自分達の若かった頃の荒れ具合忘れてんのかな。
ゲバ棒というと、TV番組の「巨泉・前武ゲバゲバ90分」が連想で思い出されるw。
講堂には脱出する為の隠し通路があるとの噂があるそうです
バリケードの中ではヤリたい放題、床には使用済みコンドームが散乱していて腰を振ることしか考えていない猿ばかり。こんなのが大半だったと叔父に聞いたな
三島由紀夫VS 東大全共闘の話が無いなぁ。
いやあ、共産の気持ち悪さと、どう社会と向き合っているのかがよくわかるね。
暴力でもって戦争反対とか主張が通そうとか暴力革命の端緒がみえる。
最近話題のcolabo問題とも縁が深いですよねこの辺の事件。若草の理事もブントでしたし
大河ドラマ「天と地と」の合戦シーンが好きな小学生だった。
東大紛争とかあさま山荘事件とかのニュースも同じ気分で楽しんでた。機動隊が過激派を制圧するのを歓声あげて見てた。
成田闘争の頃には過激派やマスコミに怒りを感じて苦々しく見るようになった。
安田講堂の盾子守で東大生が少なかったのは、「将来有望」だからと外された&逃げ出したという…(警察も見逃した)
他大学の『外人部隊』に貧乏くじを引かせて、自分たちは安全圏へと当然のように逃げ出す。
『優秀』なんじゃろうね。この時の行動をみてると、旧軍の大本営参謀を思いだします。
東大というのは高級官僚の養成機関ですが、責任をとらない体質というのは根深いのかもしれません。
自分たちは正義と思い込んでいる狂人の集団
その点、現代の路上にいるDQNよりもはるかに邪悪な存在と言える
無自覚な狂人たちは日本にとって最大の害の一つ
問題の発端のインターン制度「自体」はこの時に無くなりましたが今でも「それに近い慣習」(若手の医者を悪条件でこき使う)は残り、問題となっています。「いささかやりすぎた」感は否めませんが、インターン制度を廃止させたり、自治問題を提起したり、一定の成果はあったとみるべきかと思います。一方某党系の「民青」はその後もしぶとく残り、1980年代でも大学内の部活動(サークル活動)を対象に強制的なデモ人員徴収とか「ろくでもないこと」をしていた記憶があります
舞台を国会ではなく大学の講堂にしてる時点で、腰抜けのガキ集まりでしかなかったね。
大学はあくまで、勉強するところですよ。
当時から日本の大学って、その機能を失い、幼稚なユートピアでしかなかったのかもしれませんね…。
中露に踊らされた馬鹿サヨの暴走
まあ、良くも悪くも日本人って劣化したんじゃないかなー。
コレの残党が残ってるお陰でソッチコッチで問題起きてるのが腹立つ
今まで安田講堂事件って安保闘争とかの一部だと思い込んでたが、医学部生に絡んだ問題が引き金だったのか
学生運動って一足飛びに天下国家を論じるような、地に足がついてないものだとのイメージがあったが
意外と(学生にとっては)身近な問題も含んでたのな
関東号学連?
佐々さんはあの織田家の佐々さんの末裔だから、合戦というのもあながち間違ってない
そして北方謙三も学生側で参加してた経験を歴史小説の合戦シーンに利用してる