借金が30万ほどあって一発当ててと(笑)皐月賞終わってから本命はアイネスフウジン、相手は距離伸びたらメジロライアン一択だったが大好きだったハイセイコーの産駒のハクタイセイが来たら絶対後悔すると迷いに迷って2万円をアイネスとハクタイセイの1点買い……..ダービーが2300mだったら……と。
記憶違いでなければ、このダービー(アイネスフウジン→メジロライアン)を当時OLだった諸星由美さんが大勝負して300万払い出してるんですよね? 感動的なダービーでしたが、何故か印象に強く残ってるのはこの秋の菊花賞皐月賞馬(ハクタイセイ)もダービー馬も不在の中、ライアンやホワイトストーンを退けて勝ったのがマックイーンでした三強と呼ばれたオグリ、イナリ、クリークがターフを去り、新たなヒーローの誕生にワクワクしたのが懐かしいです
初めて生で観た東京優駿がこのレース。 アイネスフウジンは未勝利勝ったばかりで朝日杯3歳S(フューチャリティーS)に挑戦して快速牝馬サクラサエズリをピッタリマークして直線で競り落として2馬身半差着けて圧勝😲 勝ちタイムはあのマルゼンスキーと同じ1:34:4❗ 父シーホークで「距離延びて良いタイプ」と思っていたので10代の私が42年前に入社した会社の上司は私の知っている限り「最低でもその年から競馬は毎年勝っている競馬の天才」でその人にアイネスフウジンを聞いてみると「秀ちゃん、シーホークで距離延びて良いタイプで更に黒く出た産駒は走るのでダービー勝つよ」と太鼓判貰ったので「ダービーはアイネスフウジンで間違いない」と確信🤔 「アイネスフウジンが勝つ姿を観たい」と思っていた時に「2階席の一番のゴール前取るので来られますか?」と歳下の仲間から誘いがあり二つ返事で「お願い致します🙇」と頭を下げて最高の場所で観戦してあの「中野コール」は感動して鳥肌が立って凄かった😆 間もなく還暦を迎えるが「あの196,517人の中の1人だった事」を誇りに思う😊
当時、立川のウィンズで馬券買おうとしたら、なんと駅から人の列がありました。係員の人が窓口多い競馬場に行ったほうが良いと言ってくださったので、すぐさま東京競馬場へ行きました。馬券もレースもゲットし、良い思い出です。
21万人の東京競馬場に湧き上がった「ナカノコール」。その轟きに包まれた瞬間、全身に鳥肌が走ったことを今も鮮やかに覚えています。内馬場にいた私の耳にもあの振動は届きました。「スタンドが鳴っている……」そう思った時、ただの歓声ではなく人々の心がひとつになった祈りのような響きを感じました。同じ年の有馬記念。中山競馬場、17万人の熱気のなかで響いた「オグリコール」。その声の波に飲み込まれながら私は胸の奥で呟いていました。「ああ、俺は競馬を好きでいて本当に良かった」 1990年。あの年は、私にとって競馬がただの趣味ではなく、人生の宝物になった年でした。
自分が初めて買ったレース。みんなはメジロライアンが圧倒的だったけど、こちとら、全くのド素人。。なぜか、アイネスを選んで初デビュー初勝利。そのあとは全然勝てなかったけど。いまでもアイネスフージンは僕の競馬歴史の頂点を飾る。(にこ)ハイセイコー、ルドルフ、等、だれもが認める名馬がいるけど、僕の中では中野とアイネスが生涯の記憶です。
11歳のガキンチョが
何も分からず見た初めての東京優駿
レース後の中野コールに鳥肌が立ち
競馬に興味を持ったレースでした
借金が30万ほどあって一発当ててと(笑)皐月賞終わってから本命はアイネスフウジン、相手は距離伸びたらメジロライアン一択だったが大好きだったハイセイコーの産駒のハクタイセイが来たら絶対後悔すると迷いに迷って2万円をアイネスとハクタイセイの1点買い……..ダービーが2300mだったら……と。
記憶違いでなければ、このダービー(アイネスフウジン→メジロライアン)を当時OLだった諸星由美さんが大勝負して300万払い出してるんですよね?
感動的なダービーでしたが、何故か印象に強く残ってるのはこの秋の菊花賞
皐月賞馬(ハクタイセイ)もダービー馬も不在の中、ライアンやホワイトストーンを退けて勝ったのがマックイーンでした
三強と呼ばれたオグリ、イナリ、クリークがターフを去り、新たなヒーローの誕生にワクワクしたのが懐かしいです
日本ダービー史上もっとも観客数が多かったレースでしたね!アイネスフウジンとメジロライアンの戦いすごかった!!
ナツい!まだ18歳の俺が大森で「単勝15000買ってたで!」っていう大人にあった記憶w
友達に連れられて行った初めてのダービー。いろいろな意味で圧倒されて、これ以来ずっと競馬を続けている。思い出補正もあると思うし、馬券も外れたけど、まだこのレースを超えたダービーには出会っていない。
初めて生で観た東京優駿がこのレース。
アイネスフウジンは未勝利勝ったばかりで朝日杯3歳S(フューチャリティーS)に挑戦して快速牝馬サクラサエズリをピッタリマークして直線で競り落として2馬身半差着けて圧勝😲
勝ちタイムはあのマルゼンスキーと同じ1:34:4❗
父シーホークで「距離延びて良いタイプ」と思っていたので10代の私が42年前に入社した会社の上司は私の知っている限り「最低でもその年から競馬は毎年勝っている競馬の天才」でその人にアイネスフウジンを聞いてみると「秀ちゃん、シーホークで距離延びて良いタイプで更に黒く出た産駒は走るのでダービー勝つよ」と太鼓判貰ったので「ダービーはアイネスフウジンで間違いない」と確信🤔
「アイネスフウジンが勝つ姿を観たい」と思っていた時に「2階席の一番のゴール前取るので来られますか?」と歳下の仲間から誘いがあり二つ返事で「お願い致します🙇」と頭を下げて最高の場所で観戦してあの「中野コール」は感動して鳥肌が立って凄かった😆
間もなく還暦を迎えるが「あの196,517人の中の1人だった事」を誇りに思う😊
ご視聴ありがとうございます。
よろしければ高評価、ご感想お待ちしております。
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今日の日本ダービーはクロワデュノールが勝って、府中のターフに友一❗コールが沸き起こる事を信じています。
中野騎手が長年培った経験とアイネスフウジンの能力がガッチリ噛み合った会心の勝利なんだよな
当時、立川のウィンズで馬券買おうとしたら、なんと駅から人の列がありました。係員の人が窓口多い競馬場に行ったほうが良いと言ってくださったので、すぐさま東京競馬場へ行きました。馬券もレースもゲットし、良い思い出です。
21万人の東京競馬場に湧き上がった「ナカノコール」。その轟きに包まれた瞬間、全身に鳥肌が走ったことを今も鮮やかに覚えています。
内馬場にいた私の耳にもあの振動は届きました。「スタンドが鳴っている……」そう思った時、ただの歓声ではなく人々の心がひとつになった祈りのような響きを感じました。
同じ年の有馬記念。中山競馬場、17万人の熱気のなかで響いた「オグリコール」。その声の波に飲み込まれながら私は胸の奥で呟いていました。
「ああ、俺は競馬を好きでいて本当に良かった」 1990年。あの年は、私にとって競馬がただの趣味ではなく、人生の宝物になった年でした。
3:04 日本競馬のハイライトと言っても過言ではない名シーン
自分が初めて買ったレース。みんなはメジロライアンが圧倒的だったけど、こちとら、全くのド素人。。なぜか、アイネスを選んで初デビュー初勝利。そのあとは全然勝てなかったけど。いまでもアイネスフージンは僕の競馬歴史の頂点を飾る。(にこ)ハイセイコー、ルドルフ、等、だれもが認める名馬がいるけど、僕の中では中野とアイネスが生涯の記憶です。
もう100長ければライアンが差していたね
大阪花博で活気あふれる90年。出走22頭中の騎手3名が26年現在も現役であるのが信じられない。現役調教師は3名(的場松永幹中舘)