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今回は、1998年に日本調教馬による初の海外G1制覇の快挙を成し遂げた、シーキングザパールをご紹介いたします。
日本中の競馬ファンが歓喜に沸いた出来事でしたが、彼女自身の馬生は、決して順風満帆なものではありませんでした。
アメリカで産まれ、日本で育ち、フランスでG1制覇し、アメリカへ去って行くという、世界を駆け回った彼女が、その血脈を後世に残していった姿もあわせてお楽しみください。
当チャンネルでは、馬券を買わない人でも、スポーツとして競馬は魅力的であるということを、少しでもお伝えできたらと思います。
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【音声】
VOICEVOX:九州そら
#競馬 #シーキングザパール #武豊 #佐々木晶三 #森秀行 #タイキシャトル #シーキングザダイヤ #モーリスドギース賞 #NHKマイルカップ
「シーキングザパールの存在は、名付け親の馬主である植中昌子さんなしでは語れない。馬主の中では指折りの、競走馬を大切にしたオーナー。断じて、素人馬主じゃない」
佐々木晶三調教師は二流の調教師、馬主に媚びていい馬をもらっているにすぎない。対して、シーキングザパールを世界的名牝の育て上げた森秀行調教師は、馬主にプレゼン出来る実力確かな一流の調教師。先にはレガシーワールド、後にはエアシャカールを管理している。転厩に関しても、馬主の方から頼み込んで森調教師に引き受けてもらった事は、想像に難くない。
馬主に『説明つかない』じゃ済まされない。当時良馬場でも荒れていた阪神競馬場を観て「…初めての荒れた馬場に嫌気がさしたのでしょう」と述べた植中昌子さんよりも、阪神3歳牝馬ステークスの敗因が分析できていないのである。
有力馬の掛け持ちで馬を観る時間の少なかった武豊騎手ならいざ知らず、常に競走馬を観ている調教師がこの有様では、不信感を抱いて転厩させる当然。理不尽でもなんでもない。
現に、佐々木厩舎の育成でつけられた『かかり癖・馬場荒れ苦手・負け癖』は、森厩舎転厩後も尾を引いている。ちなみに、シーキングザダイヤも、後に森調教師が管理した。タイキシャトルと同等の偉業を達成したにも関わらず、日本競馬界のメイド・イン・ジャパン意識で、不遇を被った外国産馬シーキングザパールの子であるシーキングザダイヤが、日本で活躍できたのは、他ならぬ森調教師の力あっての事。そこを外してはいけない。
本当に閉塞感を打ち破って遠征意欲を取り戻させたのはフジヤマケンザンの香港遠征だと思うけど。多くの競馬史家がそう指摘してる。「なんだ、別に国内最強の馬じゃなくても行けるじゃん」と、適性や輸送ノウハウの大事さに気づかせてくれたと。