【武豊】全盛期から暗黒期…そして現在へ。武豊のおもしろエピソード50連発!

【武豊】全盛期から暗黒期…そして現在へ。武豊のおもしろエピソード50連発!



#武豊 #ドウデュース  #ディープインパクト

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00:00 OP
00:15 ディープインパクトとの出会い
02:01 カネヒキリやハルウララにも騎乗
05:47 全盛期の終焉‥アドマイヤ降板
09:06 武豊の暗黒期を支えた漢たち
11:08 復活の武豊
12:36 キタサンブラックとの出会い
14:31 新スタイル「馬主にならないか?」おじさん
16:43 ドウデュースと新たな時代を築く

ご機嫌よう調教師の馬お姉さんだ今日の テーマは今日のテーマは竹豊か伝説50 連発第2弾全盛紀から低迷期を乗り越えた 現在まで覆うぞ前回の動画を見てない人 たちは是非見てから入居してくれでは調教 開始だ前年に全人未党の年間200勝を 達成しまさに絶頂期を迎えていたた豊か 2004年には後に社会現象を巻き起こす あの馬と出会うそれがディープインパクト 調教で初めて気場した瞬間すぐにダービー を意識したというそれくらい能力が違った んだねその後新馬線で圧勝ディープの将来 が楽しみすぎたたは雑誌のインタビューで 聞かれてもいないのに楽しみな一等として ディープを紹介したそんなに期待してたん だよく2005年まずは1巻目さきシを 制覇象徴的なこの指で1巻目2巻目を指す ポーズだがこれはた豊かが シンボリルドルフの大ファンだったこと から岡部幸夫がやったあのポーズをいつか は自分もと思っていたというの始まりだね その後ダービーキカ賞としっかり勝利した 豊かは晴れて3巻機種にキカ賞の単勝 オッズはなんと1.0倍だレース後には 負けたら普段の出口ではなく向こう上面 から帰ろうと思っていたと語ったほどの プレッシャーだったぞ負けてたら大事件だ ねこの年は3官機種になっただけでなく 歴代最多となる年間212勝を達成前年の 211勝の記録を上回ったまさに無双だね そして2006年にはディープインパクト と共に凱旋紋章へ結果は伸びをかき3着た もまさか負けるとは思わなかったと語り その後も何年も夢に出てきてうされると 語るほど悔しいレースだったディープでも 勝てないのかその後クレの有間記念で引退 となったディープインパクトたにとっては オグリキャップ以来16年ぶりとなる有間 記念制覇だったちなみにこの後の引退式で たは来年の凱旋紋章だけ復帰できないです かと語り競馬ファンの笑いを誘った出て たらってるはずここまではたとディープ インパクトを中心に語ってきたがもちろん たはこの頃他にも競馬ファンたちの思い出 に残る名馬たちに出会っているこの時代に たとのコンビで活躍した馬も紹介しよう まずは最強馬ディープインパクトとは真逆 の存在ハルウララだハルララといえば 113戦未勝利負けすぎて話題となった アイドルホースだたがハルララに気場した のは2004年の3月22日この日は ドバイを回避し高知で開催される黒船に 出走するノボトゥルーに気場するために コチを訪れていたそのついでということで 気場依頼を受けるとコチの最弱アイドルと

中央の最強ジョッキーがタックを組むと いうことで競馬界は大盛り上がりファンは 注目せざるを得ないよねただあくまでノボ トゥルーのついでだった竹はハルララに ばかり注目が集まることに正直イライラし ていたというしかもこの気場には決定して から色々あってだなそもそもたがこの気場 依頼を受けた理由は引退レースだと聞いて いたからただハルララ陣営はそうは思って いなかったようでブログでたが引退レース ということでとにかく無事にと綴ると高知 競馬関係者から引退はしませんとクレーム が入るという一悶着があったぞたけさん からしたらびっっくりだよねかと言って すでにかなり騒がれてるのに今更おります なんて言えないからなただ当日を迎えたた の目に飛び込んできたのは異様な光景だっ た地方のアイドルと日本最強機種のタッグ を見届けようと集まった競馬ファンはなん と1万3000人地方競馬ではありえない 光景だなとんでもない経済効果レース自体 は11等中10着に終わったがたは 思いつきにより前代未もとなる牧馬の ウイニングランを披露この日1番の拍手が 会場を包んだぞさすがのサービス精神だね 芝ではディープインパクトと共に3巻制覇 を成し遂げた竹だったがこの年はダートで もとんでもない強さの馬と出会っている それが同じ金子マオーナーの馬ということ もあり砂のディープインパクトと呼ばれた 金ひりだ千葉重賞である毎日敗で初タック となった金ひりとたは自装にダートへ転校 すると連勝街道へ3歳ダート王者を決める ジャパンダートダービーを皮切りに翌年の ダービーグランプリまでG194連勝を 記録した金子オーナーのすごさが気になっ ちゃうよもちろん芝でも無双ダートでも 無双となるとその煽りを受ける馬もいる この世代ではそれがバーミリオンという馬 だ後にダート競争獲得賞金歴代1位となる この馬も3歳時はティープや金キの影に 隠れた存在だったデビュー戦でタを取った たはイオ戦連続でコンビを組みくれのG3 ラジオ短波賞を制しているが当時から砂 ならとんでもない馬になりそうと感じてい たというバーミリアンはその後クラシック 路線へと進むがたはディープに乗るため 気場できず秋にバーミリアンがダートへ 転校した際には再び気場し実際そこから 連勝するが砂で勝ったら勝ったでそこには 金ひりがいるたはなぜ同じ世代に三東も スーパーホースががいるんだと頭を抱えた というなんて贅沢な悩みだ結果的にたは金 ひりを選択したためバーミリオンにはそこ から約1年半気場してないんだが2007

年のJBCクラシックでもう1度 バーミリオンに乗らないかと誘いを受けた 時にはこれほど嬉しい言葉はないと感じた というしかもしっかり勝ってるのがすごい よねバーミリアンはダートG1級急勝を 達成するが8/9をたとのコンビであげて いるぞ砂のゴールデンコンビだねそして 少し時代はになるが2008年にはウッカ ともコンビを結成天皇賞秋にはライバルで あるダイワスカーレットとの伝説の2cm 差決着も演じているがその時は15分 かかった長すぎる審議にもう同着にして くれと思ったという今見ても同着にしか 見えないここまで話すとた豊か無双が永遠 に続くと思ってしまいそうだがそんな時代 はいつか終わりが来るもの実際2002勝 を上げた2005年をピークに勝ち星は 減り始めていたその原因が安藤を勝や岩田 安成といった地方出身の機種ルメールや デムーロといった当時短期免許で来日して いた外国人機種の対当だ傾向として溜めて 刺す競馬を従たがるたとは逆に特に地方 出身の機種は位置を取りに行く競馬を得意 とするため届かないリスクは避けたい馬主 たちの有力場はそちらに流れてしまう実際 先ほど話に出た魚家は竹が気場しない時に は岩田安成が気場最後はルメール安城の座 を取られている乗車必須ってやつだね そして2007年には大きな事件もそれが アドマイヤ軍団近藤リーチ氏との確執だ ここからは諸説ありなこと前提で聞いて くれ元々はデープが同じレースに出走して も竹は譲らんと言い放ったほど竹豊かに 入れ込んでいた近藤師ただたはアドマイヤ ムーンと挑んだクイーンエリザベス2世 カップで前走で前から運んで勝利したのに も関わらず収支後ろから運んで3着に敗戦 すると近藤士はあの消極的な気場は何だと 大激怒一説によるとたに土下座での謝罪を 求めたという土下座はちょっとやりすぎな 気もするねそれに対したもならもう乗ら ないと激怒それによって竹が乗っていた アドマイヤ軍団の馬は全て乗り替わりと なったこんな一瞬で関係が崩れるんだね ただこれについては竹豊かの存在が兼ねて より気に食わなかった松田調教師が同士の 怒りを沈めずにむしろ煽ったことも原因の 1つとも言われているぞ黒幕がいたんだね 地方海外機種の対等本にしていた馬主との 確ときって2010年にはさらなる試練が 竹を待ち受けていたそれが毎日牌で起きた 落馬事故だ残り200mのスピードが乗っ た状態で地面に叩きつけられた竹は全地 半年の怪我を追ってしまう特に左肩の骨折 がひどく肩関節が破壊されたような状態

だったという想像を絶する怪我だねこれ ほどの怪我だ間地まで休めば良かったんだ がたは復帰を焦ってしまう無理しないで たけさんまあたが気場予定だった ビクトワールピがさきシを制してしまった のだからダービーでは自分がと焦るのは 仕方ないだろうしかし結局はダービーには 間に合わず8月の復帰まで約4ヶ月の戦線 離脱を余儀なくされるそれでも半年かかっ てないのかまあ無理して半年かけずに復帰 したという方が正しいかもな復帰してから しばらくは肩の状態が悪く思うような気場 ができなくなってしまったたはこの年の 生理数は69章にとまったやっぱり休む べきだったのか競馬界はこなんてよく言わ れるが結局は勝負の世界だ期待に沿った 気場ができないたはついに天下の謝罪 グループから見放されてしまうすると 2011年は64章12年は56章今まで 競馬を嫌いになったことはないと語るたけ もこの2年は本当にしんどかったという 聞いてるこっちまで苦しいよただここで 腐らないのが一流だその頃のたはこういう 時に1番ダメなのは投げやりになったり人 のせいにすることと常に矢印を自分に 向けることを意識していたとという新しい トレーニングにもどんどん着手し少しずつ 成果に結びつけていった頑張れたけさん 腐らず努力を続ければ必ず誰かが手を 差し伸べてくれるものだここからは竹豊か の低迷期を支えたオーナーたちを紹介 しようまずは名所で知られる松本義 オーナーだ元々たと松本オーナーはたの父 国彦が現役の頃からの長い付き合い弟の 甲子郎もよく名勝の馬に乗っていたが竹 豊か自身はそこまで乗りクが多いわけでも なかったただ低迷期度真ん中の2011年 には前年の3倍以上馬を用意し竹を支えた 男すぎるね続いてはスマートで知られる 王家はトールオーナー現在でもよく見るた とスマートのコンビだがこのコンビといえ ばなんと言ってもスマートファルコン だろう元々岩田安成が乗っていたが岩田の 怪我をきっかけにた気場を依頼サイレンス 鈴鹿のごとくそれまでの先行作から大逃げ に転じて大ブレークさせたその後は 2010年から2012年春のまで全ての レースでタを取り地方G16連勝を達成し ている低迷期の間ずっと勝たせてくれたん だね続いてはノースヒルズだノースヒルズ は特段のりウマを多く回したというわけで はないが2012年にPCターフに挑戦し たトレイルブレイザーを始め勝てる馬を竹 に気場させたそして前田オーナーと合わせ て紹介したいのが松永ミキを調教師だ

ノースヒルズの馬を多く担当している松永 競馬界切っての竹豊か大好き調教師の1人 ノースヒルズ松永旧者竹豊かの組み合わせ ではJBCクラシックを制したウディや UAEダービーを制したラニなど竹豊か 復活後に多くの活躍場を出している イメージがあるが松永は竹が苦しい時期も しっかり気場依頼を出していたしかもそれ はノースヒルズの馬ばかりでなく竹との コンビで阪神カップ3着のフラガハNHK マイルカップ出走のクリアンサスなど車代 系の馬も多く含まれており気迫になってい た車代と竹との縁を完全には途切れさせ なかったという意味で大きなキーマンに なった調教師だ実はかなり貢献度高いよね 復活の1年へと引き込んで望んだ2013 年たはノースヒルズの馬と大仕事をやって のけるそれが絆のダービーだ溜めてさす まさに全盛紀の武豊かが帰ってきた瞬間 だった2005年のディープインパクト 依頼となるダービー5勝目はディープ インパクトの息子絆で達成レース後 インタビューではファンからのお帰りの声 に僕はきましたと力強く答えた感動的 すぎる後にこのダービーについてたはここ で勝ってなかったら今も騎士を続けている かわからないと語っているそれほど分岐点 となったレースだったわけだあのダービー のおかげで今も続けてくれてるんだね絆の ダービー制覇でもっと頑張ろうとスイッチ が入ったと語るようにまるで生まれ変わっ たかのように成績が無事回復していったた この年はG12勝重勝11勝とかつての大 部隊での勝負良さを取り戻した復活だね その勢いのまま2015年には6年ぶりと なる年間100勝を達成さらにクレの香港 カップでは癖馬英心光に気場しレース レコードで逃げ切りがち竹にとっては久し ぶりの海外G1制覇となった香港では何度 も気場しステーゴールドも香港バズ制覇に 導いているたけだが香港カップ勝利は意外 にも初さらにA神の仙台オーナーの名前は 豊かに光と書いて豊光さん香港競馬に対し て熱い情熱を持っていた豊光さんのために 豊かと光のコンビで香港カップは何として でも勝ちたかったというそんな背景があっ たんだねそして2016年といえば後に 伝説となる北サンブラックとのコンビ結成 の年だそれまで反世紀に渡り馬主として 活動してきた北島三郎師だったが地元 北海道の小さな牧場から馬を買うスタイル もありなかなかG1級の馬は現われず相場 にた豊かを乗せてのG1制覇が1つの夢 だったが北サブラックの登場ににより ようやくそのチャンスが巡ってきたことに

なるそしてたはその期待にすぐ答えて 見せるぞコンビとして初のG1となる天皇 小春で壮絶な叩き合いの末に北島オーナー の夢を実現して見せたさすがの生物良さ 最終的にたと北さブラックはコンビでG1 を6勝中でも競馬ファンの記憶に残って いるレースといえば2017年の天皇賞秋 で見せた竹豊かマジックだろうドロンコ ババの中スタートで出遅れるとすぐさま うちに進路を取り最後の直線に向く頃には 戦闘にこの進路取りをしたのもすごいが それまでスタートの良かった北さんに対し 血闘的にいつかは出遅れると思って備えて いたというのがすごみをますなたけさんが 超一流たる遊園だねそして2018年には 前人未党のJRA通算4000勝も達成 この時次の目標を聞かれた竹は次のレース です早く41勝をしたいですと答えた さすがにかっこよすぎるって50歳を迎え た2019年にははワールドプレミアで キカ賞を制覇キカ賞では1988年に19 歳8ヶ月でスーパークリークに気場し最 年少勝利記録を作っているた50歳7ヶ月 6日でキカ賞を制覇したことにより最年少 記録を持っているレースで最年長記録を 持つことになったこんなアスリート今まで いたかなそしてこの年は最終的に111章 を上げる50代での100勝以上は増沢末 岡部幸夫に続いて3人目となる海だに記録 更新だねここからは2020年代の話へ 前年に50歳を迎えた武だがこの頃になる とたを見て競馬ファンになった世代が どんどん馬主になっていくというか竹が そうさせていくが正解だなその筆頭がこの 2人だろうまずはキーファーズの松島正明 オーナーたとは20年来の友人だった彼だ が馬券で負けが混んでいたところに竹から じゃあ馬主になったらと言われ即決たと 一緒にセレクトセールに行き初めて買った アバがニコラソンという馬だったニコラ ソンは通算一勝のみとなったがその一勝に 導いたのはもちろん武だ2019年には マイラプソディで京都2歳ステークスを 制覇自ら競馬の世界に誘った馬主に待望の 初重賞をプレゼントしたこれでもだいぶ 早い方だよちなみに松島オーナーは積極的 にブルームやジャパンといった海外場の 共同馬主にもなっているがそれはもちろん 竹の夢である凱旋紋章で勝たせるためだ 2021年にはインゼルグという一口 クラブも始め海外への寝室を加速させて いるたけさんのためにここまでしちゃうの か続いては馬娘で知られるサイバー エージェントの代表藤田進むオーナーだ竹 豊かとの対談で馬主になることを進められ

たという藤田市なかなか踏ん切りがつかず にいたがある日の食事会で竹と同席した 森町教師が馬主神聖書を持ってきたことで そこからトトン拍子に話が進んだという すごい囲い込みだ藤田のオーナー初年度と な2021年にたは同船のデビュー戦でタ を取り勝利藤田オーナーに嬉しいJRA初 勝利をもたらしたそして翌年にはジャング ロとのコンビでニュージーランド トロフィーも制止こちらも初勝利と重勝初 勝利ともに武豊かとなったちゃんと結果 出してるのがすごいや自ら競馬界に誘った オーナーたちの助けもありどんどん勝ち星 が良かった頃に戻りつつある2020年代 の竹は21年にキーファーズ所有バドー デュースとのコンビでハを制覇2017年 にホープフルステークスがG1になった ためJRAのG1完全制覇に大手という 状態ではあるがフクからの競馬ファンから したらもう完全制覇でいいでしょうといっ た雰囲気はあるなホープフルの全身レース も勝ってるしね翌年2022年ドー デュースとのコンビで迎えたダービー直線 で力強く伸びると最後は強敵 イクイノックスを封じ込みダービー レコードで勝利全人未との6度目となる ダービー制覇となったレジェンドがすぎる 53歳2ヶ月15日でのダービー制覇この 記録はもちろん最年長記録となったがこの 勝利で竹は20代30代40代50代と各 世代でダービーを制したことになるこの レジェンドの場合60代でダービーを勝っ ても不思議でないのがすごいところだな いつまで走らせる気なんだそして同 デュースといえばキーファーズ松島 オーナーの馬だ松島市はたの気場に大 ファンだから信じ切っていた直線半ばで 勝ったと確信したと語っているさすが ファン代表オーナーだね元々同デュースを 凱旋門章に予備登録していた松島オーナー だったがダービー制覇で外旋門章出走を 即決もちろん安定は竹豊かだ桃ババの影響 もあり結果こそ震わしたが自分が誘った オーナーの馬で外旋門章まで出るという ことこそが異業だな1つのスタイルを確立 したよね自系列は前後するがこの年たは7 月にジャパンダートダービーで乗ってるの に気場し勝利2000年にティープ インパクトと金切り以来となるシダーと 両方でのダービー制覇となったダービーに この男ありだね223年には4400勝を 達成した竹節目の勝利となったレースで 気場したのは低迷期ものりを回し続けて くれた大川オーナーのスマートアだこの レースに限っては竹豊かがスマートアを

勝利に導いたというよりスマートが竹豊か を4400勝目に導いたと言ってもいいか もな背景を知ってると感動しちゃうね そして秋競馬では天皇省秋直前での怪我に よりクイノックスとの再戦こそ叶わなかっ たものの有間記念で見事復活を遂げた竹が 乗ったことで秋2戦とは全く違う姿を見せ たドデュースの姿に驚いたファンも多い だろうやっぱこの馬にはたさんだねさらに ジョッキーカメラにはレース後凱旋紋章最 朝鮮を誓う姿が映されたた豊かにとって そして日本競馬界にとって悲願の凱旋門章 制覇なるかそして何歳まで現役を続けるの かここから一体いくつG1を勝つのか今後 も競馬界のレジェンドから目が離せないな まだまだ伝説を作ってほしいねいかがだっ たろうか今日の調教はここまでだ次の調教 までに是非他の動画も見ていってくれいい 状況になったね今日はここ [音楽] まで DET

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31 comments
  1. 小さい頃に武豊という注目騎手がいる事をニュースや新聞で知ってから、もうずっと『競馬=武豊』というのが刷り込まれてしまっているので、いつか必ずターフを去る時が来るのを考えるだけで感慨深い
    冗談で「武豊を襲名制にしろ」と言われるけれど、あまりに重すぎて背負える人なんてなかなかいないよなぁ…

  2. ドウデュースの有馬で「僕とドウデュースは帰ってきました」と言った時は良い意味で憎たらしかったな

  3. 武さんといえば、昨年園田でゴールデンジョッキーカップに参戦すると聞いて人生初の競馬場で現地観戦をしました(ただギャンブルは苦手なので馬券は買わなかったですが)。その日は誕生日だったのですが、偶々武さんが目の前を通ったので声をかけたところこちらに向かってお手振りをしてくれたので過去最高の誕生日プレゼントになりました。

  4. 豊さん…アナタ本当に人間か?前人未到?特異点?神?この人の凄さを形容するには言葉が弱過ぎる…日本競馬の歴史が、武豊という歴史なのだ。昭和平成令和、歴史そのものが武豊なんだ… …。

  5. 暗黒時代の武豊騎手を支えた方と言えば小島太元調教師も!
    当時、武豊騎手が関東遠征した際に乗鞍が1〜2鞍しかないのを見て、「自分と同じ思いをして欲しくない」と関東遠征の際は積極的に馬を回し、復帰直後にアプリコットフィズでクイーンSを制しました。

  6. 地方も一度完全制覇したけど果たして羽田杯/東京ダービー/不来方賞/さきたま杯は勝ってくれるのか…

  7. ケガする前まではあまりにも勝ちすぎてアンチもいたけどそのアンチだった人間がケガしてからは武豊を応援しているというデジャブ。

  8. 最強ジョッキー議論は諸説あるけど、競馬界の主役っていうとやっぱり武豊なんよなぁ

  9. ホントこのおじさんレジェンドやわ
    おドウと凱旋門獲って松島オーナーとファン、JRA関係者全ての脳みそ丸こげにして昇天させて、藤田社長の馬でホープフル獲ってG1競走完全制覇&その馬をウマ娘化して武豊劇場大団円してくれ
    引退後は自分も馬主になって初愛馬の名前はもちろん『武インパクト豊』で頼む

  10. この人がジョッキーを辞めるとしたら的場文男さんが引退してからやろうなぁ。あと有力クラブ馬に乗れなくても有力個人馬主さん達が支えてくれるのは本当に凄い

  11. 去年も要所要所で競馬界に武豊有りと言う様な、格の違いを見せつける勝ち方をしてきた。
    やはりこの男にとって年齢はただの数字でしか無いんでしょうね…

  12. ユタカさんのこれまでの成績や色々あった事も毎日日々のユタカさんの足跡がおのずから人生の答を出す❗すべてにおいてレジェンドです❗競馬界の宝❗日本の宝❗😄💜

  13. 多分この人は怪我で突然とかでなく真っ当に引退するってなったらオグリキャップやディープインパクトの引退式なんて目じゃないくらい人が来るんだろうな…そのどちらにもラストランで 乗ってたわけですし、もしかしたら競馬から離れてた人も「お、武豊がついに引退するのか。っていうかまだやってたのか。最後なら見に行くかな?」って人もたくさんいそうです。
    でも末長くみんなのヒーローでいてほしいですねぇ

  14. たまたま見せて頂きました。
    大変わかりやすく感動しました。
    ありがとうございます😊
    レジェンドはお人柄も柔らかく優しい方だなぁと思っていましたが、ここまでスゴイとは。

  15. 苦境に立ったときに腐らず、人のせいにせず、焦らず、前を向いていくこと…きっと善き縁が繋がる。ありがとうございます。

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